国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

陸を越え海を渡ったモノ(5) ─インドの「紅茶宣伝隊」─

異文化を学ぶ


イギリス人の生活に欠かせない喫茶の習慣は中国から伝わり17世紀末ごろに定着したことや、その需要を満たすため19世紀にインドやセイロン島に大プランテーションが作られたことは、日本でもよく知られている。南アジアは今でも紅茶の一大産地だ。だからなのか、インドと言えば紅茶の本場で、インド人も大昔から紅茶を飲んでいたと思われている。

しかし、インドには20世紀になるまで茶を飲む習慣がなかった。茶はあくまで支配者イギリスの旦那や淑女方の嗜好(しこう)品だったのである。第一次世界大戦でインド産品がイギリスに送れなくなると、大量の不良在庫が生じた。困った在地の紅茶協会は宣伝隊を組織し、インドの津々浦々で紅茶の飲み方のデモンストレーションを見せ、その普及につとめた。この結果、ようやく前世紀の中ごろインドの庶民の間にも紅茶を飲む習慣が定着したのだ。

宣伝隊のことを今でも覚えている現地の古老もいる。カップで出された紅茶を受け皿にうつして飲む「インド風」の飲み方も、宣伝隊が教えたものらしい。もっとも、砂糖をたっぷり入れミルクで煮出す入れ方は、インドの人たち独自の発明のようだが。

海を渡って世界商品になったモノが、かえって産地では普及が遅れた。それが植民地支配というものの皮肉な姿なのだろう。

国立民族学博物館 三尾 稔
毎日新聞夕刊(2008年9月3日)に掲載