国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

創世神話(2) ─国旗と神話─

異文化を学ぶ


オリンピックの開会式を見れば明らかなように、近代国家の存立要件の一つは国旗をもつことである。国旗のデザインや色には、その国ならではのさまざまないわれがあるものだ。

メキシコの国旗は、緑・白・赤の3色の縦縞からなる。中央の白い部分に、サボテンの上で蛇をくわえた鷲(わし)が描かれている。これはアステカ帝国の建国神話にちなむ。流浪の民メシーカは14世紀前半、ある湖の小島でこの光景を目にし、予言にしたがってそこに定住した。やがて小島はアステカの都となり、その上に築かれたのが現在の首都メキシコ市だ。

3色の起源は定かではないが、1810年にはじまった独立戦争の際、軍旗にグアダルーペの聖母が描かれていたことに由来するという説がある。その旗の聖母は、緑と白を背景に赤い衣をまとっている。独立軍がこの旗を用いたのは、聖母の出現神話による。植民地時代初期の1531年、キリスト教に改宗した先住民の前に褐色の肌の聖母が出現し、奇跡をおこしたという。以来グアダルーペの聖母はメキシコの守護として信仰されてきた。

崇高な政治理念や、厳然たる史事を象徴する国旗もある。しかしメキシコの国旗は、国家の起源を神話的に憲章するものだ。その真偽を問えないからこそ、人々は共通の運命を自覚できるのかもしれない。

国立民族学博物館 鈴木 紀
毎日新聞夕刊(2008年10月8日)に掲載