国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

創世神話(6) ─オロチの射日神話─

異文化を学ぶ


極東ロシアの日本海に面した地方に暮らすオロチという先住民族に次のような神話がある。昔、大地が固まりきっていないころ、太陽が三つあり、できたての大地は熱くて生き物が住めなかった。その時、ハダウという神が二つの太陽を弓で射落とし、一つだけ残した。その後、ハダウはワシとカラスを創(つく)り出し、それから人間が生まれた。あるいは、太陽が三つあったころは大地がとても熱く、人は水中や空中で暮らしていた。そこで二つの太陽を射落としてようやく涼しくなり、地上で暮らすようになった。

太陽系創成と地球誕生の過程を述べる壮大な話だが、これは「射日(しゃじつ)神話」と呼ばれる創世神話の一種だ。まさか太陽系の形成過程を人類が記憶していたわけはないが、類似の神話はウデヘやナーナイなどのオロチに隣接する先住民族のほか、中国、朝鮮半島、日本、台湾などに見られる。オロチ、ウデヘ、ナーナイはツングース系の言語と文化をもつ人々。ツングース系の人々の遠い祖先は、古代中国で「東夷(とうい)」と呼ばれた弓矢のうまさで知られた人々と関係する。東夷は現在の中国山東省あたりを中心にしたといわれるが、太陽を射るというモチーフはそのあたりにいた遠い祖先からの記憶かもしれない。

国立民族学博物館 佐々木史郎
毎日新聞夕刊(2008年11月5日)に掲載