国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

便利?不便?(8) ─チベット人と虫歯─

異文化を学ぶ


疲れたとき甘みがほしくなる。飴(あめ)玉をしゃぶると、ふっと疲れがとれる。我々にとって、甘みは必須であり、どこでも手に入る。ところが、チベットのような高地で仕事をしていると、飴玉がほしいとは思わなくなる。むしろ塩気と水がほしい。生理学上一般にそうなのかは知らないが、前から不思議だった。

チベット人たちは普通、飴玉の代わりに「チュラ・カンボ」というチーズを口に入れる。これは生チーズを四角くして乾燥させたもので、非常に堅い。本来は旅に出るときの保存食で、穴を開けて数珠のようにつなぎ、腰にぶら下げる。一方、日本と同様、砂糖は昔、薬扱いだったから、当然、飴やキャラメルはなかった。

このチーズ、強くかんでも簡単には割れない。私だと1個がなくなるまで、6時間はかかる。彼らはこれを子供のころからもぐもぐやっているから、まず虫歯がきわめて少ない。次に顎(あご)の骨がはっている。したがって歯並びが美しい。

虫歯の原因となる砂糖が手に入りにくかった、あるいはそれをあまり必要としないことのメリットと言えよう。近年チベットに中国の食品が定着し、多数で回るようになって、急激に虫歯が増え、ラサの歯医者が忙しくなったと聞く。

国立民族学博物館 長野泰彦
毎日新聞夕刊(2009年1月28日)に掲載