国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

成長と試練(5) ─ フィールドで心の鍛錬 ─

異文化を学ぶ


フィールド調査を始めたばかりのころ、台湾原住民族のヤミの人たちの潜水漁に連れて行ってもらった。泳ぎには自信があり、魚をいれる網袋を背負い、海水パンツ一丁で海に飛び込んだ。透明な大海原のなか、自家製の水中銃で魚をしとめる光景に感激しながら、魚をせっせと袋にいれた。

しかし、初めての潜水漁は予想以上に長く、冷たい海水は私の体をむしばみ、ついに下腹部への攻撃が始まった。まずいと思い、岸にもどりたいと告げると、「お前が戻ると誰が魚をもつ。だめだ」と冷たい返事。やがて、私の中で何かがはじけ、気づくとかわいい小魚たちがよりそうように集まっていた。

魚たちに体をつつかれながら、人間は細かなことにこだわるものではないと思える少し成長した自分を感じたのであった。

国立民族学博物館 野林厚志
毎日新聞夕刊(2007年3月7日)に掲載