国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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人、アートと出会う

(3)意識せざるアート 『毎日新聞(夕刊)』掲載 2009年10月21日刊行
佐々木利和(先端人類科学研究部教授)

「アイヌの美」で展示されているイクニシの熊

北海道立帯広美術館で開催されている「アイヌの美」の鑑賞に、帯広まで赴いた。この展覧会はロシアのサンクトペテルブルク市にある民族学博物館が所蔵する資料を中心に構成されている。この博物館のアイヌ資料はその質量ともに欧州屈指のものである。

アイヌの工芸といえば、観光みやげとしておなじみの木彫りの熊(くま)を思い浮かべるであろうが、アイヌ工芸とは何であろうか。この展覧会の中に如実にそれを示す資料があった。アイヌの人びとの重要な祭具であるイクニシ(酒箸(さかばし))の熊の部分である。イクニシ(長さ約25センチ、幅約2.5セン チ)が何であるかは民博の展示で確認していただくとして、この小品に彫られた熊は、とても生き生きとしている。アイヌは本来、木彫りの熊のようなものは彫らない。熊は陸獣では優れて大事な霊的存在だからである。だからアイヌは祭具にしか熊は彫らない。信仰の対象だからこそ祭具の熊は生き生きとしている。

イクニシを彫った樺太アイヌはそれをアートであるとは認識していなかった。だからこそ優れた作品に仕上がった。アートとは本来そうしたものではなかったろうか。

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