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旅・いろいろ地球人

人、アートと出会う

(6)盗難の教訓 『毎日新聞(夕刊)』掲載 2009年11月11日刊行
齋藤晃(先端人類科学研究部准教授)

アンデス高地の聖堂

南米にはスペイン統治時代に建設されたキリスト教の聖堂が数多く存在する。都市部では石造りの聖堂が威容を誇るが、農村部の小さな町でも日干しレンガや木造の聖堂がたつ。

かつてわたしは、それらの聖堂を調査して回ったことがある。そのとき、多くの聖堂が深刻な盗難被害にさらされている現状を目にした。額絵や銀細工が盗まれ、密輸業者の国際的ネットワークを通じて南米や北米の大都市で売りさばかれるそうである。

皮肉なことに、現地の人々にとって、しばしば盗難こそが「アート」との最初の出会いである。信仰の対象である聖母や聖人の絵が、信仰とは無縁の審美的価値を帯び、その価値ゆえに所有欲をそそり、売買の対象になる、という考えは、盗難という試練がもたらす苦い教訓なのである。

調査のおり、わたしは現地の人びとに、自分が泥棒でないことを苦労して証明しなければならなかった。つまり、収奪以外の「アート」への関心もありうることを、彼らに納得してもらわねばならなかった。

「アート」研究を知的収奪の一形態にしてはならないというのが、調査を通じて学んだわたし自身の教訓である。

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