国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

お墓のはなし

(5)死者はどこに  2010年9月1日刊行
白川千尋(先端人類科学研究部准教授)

バヌアツの首都の教会
南太平洋の島国バヌアツに暮らす人々のほとんどはキリスト教徒である。その到来から160年あまりたち、キリスト教は人々の生活に深く根ざしている。例えば私が一時期住んでいた離島では、人が死ぬと神父や牧師の立ち会いのもと、葬儀が執り行われる。そして遺体が墓地に埋葬されると、十字架が立てられたり、死者の名前とともに聖書の一節が刻まれた墓石が据えられたりする。

ただ、日本とは違い四十九日や三回忌などのようなことが行われる機会はなく、墓参りも一般的ではない。そのせいか、村外れにある墓地は、たいがい草が生い茂り、肝試しに都合が良いくらい荒れている。そんな墓地をみていると、人々は死者のことなどあまり関心がないように思えてくる。

しかし、実際はそうではない。人々は、死者が生前に暮らしていた家や耕していた畑など、ゆかりのある場所に行きあたると、死者のことについて、その場所にまつわる具体的なエピソードを交えて語り合う。

死者は墓にいるのではなく、さりとて千の風になって空を吹き渡っているわけでもない。ゆかりの場所とともに、人々のなかにしっかりと記憶されているのである。
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