国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

風を求めて

(8)モンスーンに吹かれて  2012年8月30日刊行
佐藤浩司(国立民族学博物館准教授)

島の交通は帆船に頼る。家畜や農作物に人間も便乗=筆者撮影

インドネシアのモルッカ諸島、俗に言う香料諸島、16世紀にはじまる西欧諸国の大航海時代を牽引(けんいん)した香料の産地として知られる。

その島に向かう飛行機の窓越しに、遠く押し寄せる雨雲の列が延々と続いて見えていた。島に到着した翌日から土砂降りの雨。東風の季節が始まった、と人びとはうわさしている。雨は数日でやんだが、海はしけたままだ。荷を積んだ船が座礁したと嘆く商店主。近くの島をたった帆船が沈没、多くの死者が出たらしい。この時期、島の東海岸に向かおうにも、荒波のせいで船は接岸することさえかなわない。モンスーンの変化は激烈である。

かつて、このモンスーンを利用して香料を載せた交易船が行き来した。船荷を運んで行った船は風向きの変わる季節を待って島に戻る。長い風待ちの場所にやがて町がうまれた。現在の東南アジア都市の多くは、こうした港町から発展したものだ。

風に頼らずともどこへでも移動できる自由をいま私たちは手にしている。けれども、どんなに機械技術が発展しようとも、人間はいつだって大地の運行から解き放たれて生きてきたわけではないのである。頬を過ぎるそよ風から世界を読み、歴史の深淵(しんえん)を垣間見る。自然と向き合う感性のありようだ。

シリーズの他のコラムを読む
(1)地中海のほとりにて 菅瀬晶子
(2)保留地から都市へ 伊藤敦規
(3)都市を漕ぎ渡る 小川さやか
(4)いにしえの航海者たち 丹羽典生
(5)砂漠の弓矢猟師 池谷和信
(6)国境の向こうから 菅瀬晶子
(7)風景に刻まれた歴史 笹原亮二
(8)モンスーンに吹かれて 佐藤浩司