国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

美味望郷

(8)おかずはないけど  2012年10月25日刊行
朝倉敏夫(国立民族学博物館教授)

庭でニンニクの皮をむくおばあさん=韓国の都草島で1984年、著者撮影

私の調査地は、韓国の南西部にある都草島(トチョド)である。1980年に初めて行き、その後、毎年、夏休みに通うようになった。

80年代の韓国は、高度経済成長がさらに進み、農村から都市へ壮年層が出稼ぎに出る家が増えていった。都草島でも、お年寄りだけで暮らす家が多くなった。

私が島に行くと、お世話になった家のおばあさんが、私を連れて村を一回りする。息子たちが都市に出て行き、村で一人暮らしの他のおばあさんたちに、「日本の息子は、忘れもせずに、毎年訪ねてくれる」とふれまわった。それがおばあさんの自慢であった。

村の人たちは、みなが家族のように私を迎えてくれた。ある家のおばあさんは、家に酒の肴(さかな)がなく、庭の青トウガラシをつんで味噌(みそ)を添え、キムチと焼酎をすすめてくれた。

夏はヨルムキムチ(おろぬき=間引き=大根のキムチ)がおいしい。さっぱりとした漬け汁のあるキムチである。山盛りの麦ご飯が出されるが、青トウガラシに味噌、そしてこれがあればいい。

夏の暑い日、食欲が落ちるとき、ふと都草島で食べたこれらの食事を思い出す。「おかずはないけど、ご飯をいっぱい食べろ」という、おばあさんの声とともに。

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