国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

鉄路叙景

(1)駅舎の優美、列車の不備 『毎日新聞(夕刊)』掲載 2012年11月1日刊行
山中由里子(国立民族学博物館准教授)

まさに「凍れる音楽」※=ライプチヒ中央駅で、筆者撮影

欧州で最大の駅舎面積を誇るというドイツのライプチヒ中央駅。ここの頭端式ターミナルには、六連の半円アーチ屋根の下に24ものプラットホームが並ぶ。まっすぐと外界にのびる線路をまたぐ格子梁(ばり)の弧線が幾重にも折り重なって透かし模様を織りなし、全体をガラスの膜が覆う。堅固な骨格の重厚感と、昆虫の翅(はね)のようなガラス天井の透明感のコントラストが、無数の出会いや別れの絶妙な舞台背景となっているのである。

むき出しの鉄骨が支える巨大で荘厳な空間はゴシック様式の大聖堂を思わせ、そこにはバッハの平均律クラビーア曲を建造物にしたような、数学的な機能美が備わっている。

されども、20世紀初頭の駅舎建築にみられる精密さを、21世紀のドイツ鉄道の列車に期待してはいけない。車両の連結の順が逆向きで、乗り換え時に荷物を抱えてホームを走ること、しばしば。予約した席が車両ごと消えている状況に陥り、おろおろ。遅延で乗り継ぎ列車を逃し、右往左往。目的地に到着する前に、故障であえなく停車。あまりに頻繁に起こる列車の不具合のせいで、乗客らは威厳ある駅舎とは裏腹のどたばた劇を、日々演じるはめになっている。

ドイツを旅するたびに、危機的な動脈の機能不全を憂うのである。

※文豪ゲーテらが建築物を表して用いたという言葉

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