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贈り物

(8)王と庶民は相身互い 『毎日新聞(夕刊)』掲載 2013年2月28日刊行
関雄二(国立民族学博物館教授)

聖なる場所に供物を供えるインカ王(17世紀の絵文書)

南米で15世紀から16世紀にかけて栄えたインカ帝国では、地方の征服に際し、織物や土器、あるいは嗜好(しこう)品であるコカの葉を軍が携行し、恭順の意を示した集団に与えたという。

一方で征服された側が差し出したのは物品ではなく、一定期間の労働奉仕であった。王や太陽神の土地を耕し、布を織ることで応えたのである。

アンデス地域では、古来、見返りなしの労力提供はありえず、庶民の間でも、食物や酒の贈与は欠かせなかった。征服事業はこの延長線上にあった。

この互酬的関係はさまざまな場面で認められた。たとえば霊的存在がいると考えられた山の頂や湖などに対して、王も庶民も天災の回避や降雨を祈って供物を捧(ささ)げた。強力な霊に祈願するのは当然だが、アンデスでは、これが一方的でないのがおもしろい。

願いが聞き入れられないと悟るや、供物を捧げるのをやめ、他の霊へと乗り換えてしまう。あっさりしたものだ。

スペインによるインカ帝国の征服が予想以上に円滑に進んだのも、王と庶民との淡泊な関係があり、庶民はインカ以上に強力なスペインに見返りを期待し、パトロンを乗り換えたからともいえる。しかし、互酬原理を理解しなかった征服者や植民者は、征服した民から労力を奪取するだけであった。

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