国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

緑薫る

(5)恋の行方に心躍らせ  2013年5月30日刊行
新免光比呂(国立民族学博物館准教授)

春祭りの踊りでペアを組む男女=ルーマニア・マラムレシュ地方で、著者撮影

ルーマニア・マラムレシュ地方の春の訪れは遅い。復活祭の頃までは空気も冷たく村人の衣装は冬のままだ。冬の楽しみがないわけではないが、日差しが輝きを増してくると心も弾む。

復活祭はすべてのキリスト教徒にとって大切な行事だ。救世主の復活を心から祝うマラムレシュの村人は、復活祭が近づくと「キリストはよみがえりたもうた」「まことによみがえりたもうた」とあいさつしあう。すべての動植物が命を取り戻す時、ましてイエスの復活は喜ばしい出来事である。

だが若者にとってもっと切実なのは恋の行方だ。チャウシェスク独裁下では、労働力確保のための人口政策がとられ、避妊は禁止、結婚した夫婦には多産が強制されていた。今は自由な恋愛が許されている。だから春の訪れとともに若者が楽しみにしているのは、復活祭よりも春祭りだ。そこには男女の若者たちが集う。

春祭りでは男女が色鮮やかな民族衣装に身を包み、村はずれの農地で舞い踊って豊穣(ほうじょう)を願う。踊りの中でペアを組んで手を取り合う。握りしめた異性の手の温かさは初めてではないだろうし、異性を意識しあうような時代ではない。ただ、歌い舞い踊る中に若い命は躍動するにちがいない。

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