国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

音の響き

(3)装身具の役どころ  2013年7月11日刊行
上羽陽子(国立民族学博物館准教授)

鮮やかな衣装と装身具をまとったラバーリーの女性=インド西部で、筆者撮影

インドの西部に住む牧蓄民、ラバーリーの女性は、幾多にも連ねた足輪や腕輪を身につけている。首飾りや耳飾りとともに金や銀の装身具は、婚約や結婚のさいに、婚資として花婿側から贈られる。また、装身具は魔物から身を守るともいわれ、夜に取り外すことは、避けられている。

彼女たちの装身具には、身を飾ることや財産、魔よけとしての役割の他にも大事な機能がある。それは、音によって自分の存在を相手に知らしめるというものである。

ラバーリー社会では、妻が自分の夫より年上の男性と顔を合わせたり、話したりすることが許されない。文化人類学で忌避関係と呼ばれて世界各地に広くみられる、実際の親密度とはかかわりのない慣行である。元々放牧生活が長く、時には夫と1年近く離れて暮らさなければいけなかった牧畜民のトラブル回避の知恵だろうか。現在でも、日常の中でお互いの存在を意識しながら、できるかぎり会わないように過ごしている。

義父や義兄は、部屋に入る前に戸口に立って耳を澄ます。中からシャラリシャラリと装身具の音色が聞こえれば、忌避関係にあたる若い女性がいると判断して入室を諦めるか、大きく咳(せき)払いをして自身の存在を知らせる。装身具の響きが持つ、もう一つの役割がここにある。

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(1)エチオピアの門付 川瀬慈
(2)結婚を彩る 藤本透子
(3)装身具の役どころ 上羽陽子
(4)虫の知らせ 寺田吉孝
(5)どんきゃんきゃん 笹原亮二
(6)聖なる楽器 福岡正太
(7)盲人芸能の精神 広瀬浩二郎
(8)聖都の安宿で 菅瀬晶子