国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

音の響き

(5)どんきゃんきゃん  2013年7月25日刊行
笹原亮二(国立民族学博物館教授)

福岡県柳川市の今古賀風流の打ち手(手前)=筆者撮影

福岡県柳川市内各地の秋祭りでは、今古賀風流(いまこがふうりゅう)など、風流と呼ばれる芸能が行われる。風流では、飾りを付けた大太鼓を、赤熊風の飾りの付いたかぶりものと色とりどりのたすきを掛けた打ち手が、謡(うたい)と鉦(かね)に合わせて踊りながら打つ。これらは古代以降、怨霊(おんりょう)や疫神の鎮送を目的に行われてきた風流(ふりゅう)系の芸能の流れをくむが、地元では「どんきゃんきゃん」と呼ばれている。「どん」は太鼓、「きゃん」は鉦の音を表している。

芸能が発する音に因(ちな)んだ名前で呼ばれる芸能は少なくない。長崎県平戸市の念仏踊りのジャンガラは囃子(はやし)の鉦と太鼓の音、兵庫県宍粟(しそう)市のチャンチャコ踊りは歌うたいが奏する鉦の音に因む。千葉県野田市のパッパカ獅子舞のパッパカは獅子役が打つ太鼓の音に由来する。

こうした呼称は、人々がその芸能を上演の意味や役割や歴史よりも、現場に響く音を通じて理解してきたことを示している。柳田国男はかつて、人々の祭りに対する理解は音やにおいや色やかたちといった「すべて物質的な基礎の上に立っている」と述べたが、芸能についても同様である。人々は芸能を現場の具体的な事物を通じて感覚的に理解してきた。となると、分析的で論理的な学問はそれを十全に理解可能か、何とも悩ましい限りである。

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