国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

音の響き

(7)盲人芸能の精神 『毎日新聞(夕刊)』掲載 2013年8月8日刊行
広瀬浩二郎(国立民族学博物館准教授)

2011年建立の永田法順像=宮崎県延岡市の浄満寺で、広瀬浩二郎撮影

なぜ視覚障害者は歩行時に白杖(はくじょう)を使うのか。全盲の僕は通勤で千里万博公園を歩きながら白杖のリズムを楽しんでいる。杖(つえ)の音で季節の移り変わりを感じることもできる。視覚障害者が杖の反響音で道幅や空間の広がりを把握していることは意外に知られていない。白杖とは「音で世界をとらえる」視覚障害者のシンボルともいえる。

1990年の夏、僕は卒論執筆のため、「最後の琵琶法師」と称される永田法順(ほうじゅん)さんを取材した。1メートル足らずの距離で永田さんの生演奏を聴いたのは懐かしい思い出だ。琵琶の音の響き、鍛え抜かれた声の迫力に圧倒された体験が、僕の研究の原点にある。杖を頼りに各地を旅した琵琶法師は、音と声で自己を表現する独自の芸能を生み育てた。平家物語は「音で世界をとらえる」盲人芸能の代表だろう。

2010年、永田さんは急死した。中世以来、琵琶法師が伝承してきた音色に直接触れることはできなくなった。テレビもパソコンもない時代、琵琶法師は聴覚情報を駆使して、健常者に鮮やかな景色を見せていた。視覚優位の現代にあって、音声で景色を伝える琵琶法師の精神をどう活用すべきなのか。永田さんとの出会いから23年。「音で世界をとらえる」自分なりの挑戦を続けていきたい。

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