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(5)イスラム横丁の人情 『毎日新聞(夕刊)』掲載 2014年5月8日刊行
菅瀬晶子(国立民族学博物館助教)

イスラム横丁のケバブスタンド。地元の高校生にも人気だ=東京・新大久保にて今年3月、筆者撮影

「あら坊や、今日は元気そうね。もうお熱は下がったのかな?」

薬局のカウンターで、薬剤師の女性が声をかける。父親に抱っこされた男の子は、はにかんで頷(うなず)いた。薬を受け取り、どうもありがとう、と流暢(りゅうちょう)な日本語でお礼を言った父親は、イスラム帽に白い長衣といういでたちの、典型的なインド系ムスリムである。そのまま世間話をはじめたところをみると、どうやらこの薬局の常連らしい。

ここは東京・JR新大久保駅から徒歩数分、知る人ぞ知る「イスラム横丁」と呼ばれる路地だ。以前からミャンマー系ムスリムが住んでいたが、2005年ごろにインド系ムスリムがハラールフード(教えにのっとった食べ物)専門店を開店してから、一気にムスリムが集う場所となった。金曜ともなれば、雑居ビルの一室にもうけられたモスクに、人種も国籍も多様なムスリムがつめかける。大使館ナンバーの車が横付けされ、段ボール箱いっぱいのハラール肉を積み込む光景も、めずらしくはない。

外来の宗教であるイスラムと、日本人のノスタルジーを刺激する横丁ということばの組み合わせは、なんとも奇妙にうつる。しかしここにこそ、失われつつある横丁の人情があるのかもしれない。薬局のすみで花粉症の目薬を物色しつつ、そう思った。

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