国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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(8)失われない時を求めて  2014年5月29日刊行
野林厚志(国立民族学博物館教授)

国立台湾歴史博物館の展示に見入る高齢者・博物館は個人の時間を呼び起こせるだろうか=台湾・台南市で2012年、筆者撮影

高齢者介護は現代世界の共通した課題だ。少なからぬ要介護者が認知症を患う。そのときに大切なのが、要介護者が忘れないものの存在である。イギリスの施設では認知症の人の部屋の入口に思い出の品を展示し、部屋の目印にするところもある。忘れないものを見つけるのは結構大切で、それは言葉もしかりだ。日本では、介護者と要介護者は日本語でのコミュニケーションを暗黙の了解とするが、多言語状況の社会ではそうはいかない。

台湾では出生率が低いことも手伝い、高齢化の速度が非常に早い。要介護高齢者の増加も懸念され、早くから介護者を海外から採用してきた。私が世話になっているパイワン族の家庭でも、インドネシア人の女性が介護や家事の手伝いをしている。彼女は習得した中国語で家族とのコミュニケーションを果たす一方で、インドネシア語がパイワン語と似た部分もあり、親近感が持てるという。

一方で、台湾の場合は幼いときに話し、聞き、学んだ日本語が認知症の人にとって忘れえない言葉であることもある。そんな方に出会うと、ここぞとばかりに日本語で話しかける。すると、「ほんとに認知症なのかな」と思うようなしっかりした受け答えが返ってきたりすることがある。

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