国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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(5)にぎわいの仏国土 『毎日新聞(夕刊)』掲載 2015年4月16日刊行
末森薫(国立民族学博物館機関研究員)

麦積山石窟の断崖。参観者であふれかえることもある=2006年5月、筆者撮影

中国甘粛省天水市郊外の農村には収穫の季節になると、麦わらを積み重ねた小山が現れる。その姿を彷彿(ほうふつ)させる麦積山の断崖には、遠くを見つめる大仏が立ち、その周囲に掘られた洞窟には無数の仏や菩薩(ぼさつ)が佇(たたず)む、仏の世界が存在する。5世紀に禅の修行場として造りはじめられたこの石窟寺院は、長い年月をかけ、崖面を這(は)う木造の桟道とともに、縦横無尽に広がっていった。崖下から見上げると、人々の畏(おそ)れや祈りを感じずにはおれない。

長い歴史の中では、その畏敬(いけい)が忘れられた時期もある。洞窟は人の暮らす場となり、桟道も一部を除いて崩れ、仏国土は分断された。20世紀後半になり、洞窟を繋(つな)ぐコンクリート製の道が整備されるなど、遺跡を保護する活動がはじまり、崖面の仏たちと人々が再び交わることとなった。

昨年6月、麦積山石窟は「シルクロード」を形作る一物件として世界文化遺産に登録された。登録後初めての大型連休となった同10月の国慶節には、中国全土から万単位の人が訪れ、崖面の道は人であふれかえった。そのにぎわいの光景には、煩悩とは無縁の仏たちも天を仰いだに違いない。遺跡の保護に携わる仲間は「これからは参観者の管理がより重要になる」と喜びの裏にある危惧(きぐ)を唱える。

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