国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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踊る

(3)密なやりとり  2015年5月28日刊行
川瀬慈(国立民族学博物館助教)

アズマリの夫妻=エチオピア・ゴンダールにて2004年9月、筆者撮影

音楽職能者アズマリが、弦楽器マシンコを奏でながら歌う酒場(アムハラ語でアズマリ・ベットと呼ばれる)は、私がエチオピアで長年フィールドワークを行う場である。ここでは、歌い手と聴衆たちの密なやりとりを見ることができる。客たちは、その場で創作した歌詞を積極的に歌い手に投げかける。歌い手はマシンコの演奏に合わせて、一字一句間違えずにこれらの歌詞を繰り返す。

聴衆同士の喧嘩(けんか)が、歌い手を介してなされることもある。また、歌い手と客、あるいは客同士が向かい合い、イスクスタと呼ばれる、上半身を波打たせ、肩を小刻みに震わせる踊りを行う。あたかも、歌と踊りを通して、人々がコミュニケーションを行い、客も歌い手も混然となり、その場のパフォーマンスをつくりあげていくかのように見うけられる。

アムハラ語には“踊り”を直接意味する言葉はなく、その代わり、ゼファンという単語が存在する。この語には、世俗的な踊りと歌、両方が含まれる。このアズマリ・ベットでの人々の豊かなやりとりは、まさしくこのゼファンという、踊りと歌が混然となった領域を表現する熱い場である。エチオピアを訪問される機会がある方には、ぜひとも体験いただきたい世界である。

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