国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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(4)月によせる中国人の思い  2015年7月30日刊行
韓敏(国立民族学博物館教授)

中国安徽省簫県で出土した漢代の石像、月中の兎とひきがえる=2014年7月、筆者撮影

1986年から調査してきた中国安徽(あんき)省簫(しょう)県を、昨年も訪れた。かつて孔子を祀(まつ)った文廟(ぶんびょう)がいま簫県博物館として公開されている。博物館としては展示スペースが狭く、設備もまだまだ不十分であるが、展示品をみて驚いた。なんと、新石器時代、漢・唐・宋代の出土品がぎっしり並んでいる。1999年~2001年に、高速道路を建設した際に、工事現場から出土したものである。

私が惹(ひ)かれたのは、月の中で薬をついている兎(うさぎ)と蟾蜍(せんぎょ)(ひきがえる)の石像で、漢代の墓から発見されたものである。たしかに、湖南省博物館で展示されている同じ時代の馬王堆(たい)1・3号漢墓出土の絹の絵にも月の中に兎と蟾蜍の図案が描かれていた。

円い形の月は男女が結ばれる象徴としてよく用いられる。弓の名手・羿(げい)が西王母という女神から不死の薬をもらったが、その妻、嫦娥(こうが)が盗んで月へ逃げた。そして蟾蜍になり、薬をつくようになった。一方、妻が月に行ったのを知った羿はその後を追い、兎に化けた。しかし嫦娥は、自分のそばにいる兎が羿の化身だとは永遠に気がつかなかったそうである。

月によせる家族団らんの思いは、2000年経(た)ったいまでも年中行事や文様を通して、中国の人々の間で伝えられている。

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