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旅・いろいろ地球人

アラビアンナイト断章

(2)戦火のシンドバッド 『毎日新聞(夕刊)』掲載 2016年1月14日刊行
西尾哲夫(国立民族学博物館教授)

シンドバッドが船出したオマーンのソハール港=2007年1月、筆者撮影

アラビアンナイトの諸物語中、シンドバッドの航海記はもっともよく知られているもののひとつだろう。バグダードの商人シンドバッドは世界の海をまわり、巨万の富を得る。

これまでのところ、シンドバッド航海記にはふたつの異なった伝承があるとされてきた。なかでも「第七の航海」にいたっては、別の物語になっている。

ところが最近、ドイツのバイエルン州立図書館に、従来知られていたふたとおりの「第七の航海」とはまったく異なった話を記したテキストがあることをつきとめた。

問題のテキストは、ペティス・ド・ラ・クロワというフランス人がアレッポに残されていた写本をフランス語に訳したものだ。訳文には、「こうして海のシンドバッドの物語の筆写は……西暦1672年6月17日金曜日に完成された」とある。この年代は、これまでに知られていたどのシンドバッド写本よりも古い。

問題の「第七の航海」では、ムスリムがライオンに食われてしまうという「えっ?」と思うような話が展開する。さらにアレッポの図書館には、シリア文字で書かれた同系統の写本が残っていることも確認できた。残念ながら現在の状況では、その写本の運命を知ることはむずかしい。

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