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旅・いろいろ地球人

アラビアンナイト断章

(4)墓がとりもつ縁 『毎日新聞(夕刊)』掲載 2016年1月28日刊行
西尾哲夫(国立民族学博物館教授)

マルドリュスが眠るパリのペール・ラシェーズ墓地の入り口=2008年10月、筆者撮影

世界中で最もよく読まれているアラビアンナイトは、英語訳のバートン版とフランス語訳のマルドリュス版だろう。

ただしこれらの翻訳にはいくつかの問題がある。双方ともに、原文にはない性愛描写が加筆されているからだ。さらにマルドリュス版では、翻訳の底本が確認されず、「マルドリュスの捏造(ねつぞう)では?」という声もあった。

グルジア(ジョージア)出身の祖先をもつマルドリュスはエジプトで生まれ、フランスで医学を修めた。マラルメらと交友関係があり、流麗なフランス語訳のアラビアンナイトを残した。マルドリュスは中東と西欧という異文化の接点を体現するような存在といえるだろう。

マルドリュスが残した膨大な資料は未整理のまま、姪(めい)にあたる人が受け継いだ。海外調査のたび、パリに暮らす彼女のもとを何度か訪れては資料を見せてもらうように頼んだのだが、なかなか信用してもらえない。あるとき、「改修工事のため、マルドリュスのお墓の場所がわからなくなった」という相談をうけ、数人がかりで墓を探しあてた。翌日から見せてもらえるようになった資料の中には、新発見の写本があった。埋もれていた物語は、図書館や古書店からだけではなく、人との縁の中からも立ち現れる。

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