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文化の創造と継承

(3)生活に根ざす黒川能 『毎日新聞(夕刊)』掲載 2016年3月24日刊行

吉田憲司(国立民族学博物館教授)


祈年祭で上座による能「老松」に登場した「老松の精」=山形県鶴岡市の春日神社で2010年

毎年3月23日になると、山形県鶴岡市黒川の春日神社で祈年祭が催され、黒川能が奉納される。

黒川能は春日神社の神事能である。中央の五流の能と源を同じくしつつも、黒川の人びとによって、500年近く独自の形で受け継がれてきた。

現在の春日神社の氏子は約230戸。上座と下座に分かれて能の座を形成している。現在500番といわれる番組(プログラム)はこの両者に割り当てられ、両者が互いに競い合いながら、黒川能は伝承されてきた。能舞台にも、橋掛かりが左右両方についており、上座は舞台に向かって左側、下座は右側の橋掛かりを伝って舞台に上がることになる。この両者のバランスと「競演」という緊張感を伴った形式が、世代を超えた能の伝承を支えてきた一因であることは間違いない。

古式を色濃く残すといわれる黒川能だが、演能の場は、厳かというよりは和やかな空気に満ちていた。若者たちが汗を滲(にじ)ませて熱心に演じる前では、年配の女性たちが湯気の出る煮物をほおばり、談笑しながらその演技に寄り添っている。日々の生活に根ざした芸能であるからこそ、黒川能は、長くこの地に伝承されてきたのである。

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