国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

ノートの落書きから

(3)神からの贈り物  2016年5月26日刊行
川瀬慈(国立民族学博物館助教)

少年がフィールドノートに描いたエチオピア正教会の聖職者

どこか穏やかな表情で目を閉じている。祈りを捧(ささ)げているのだろうか。キリスト教エチオピア正教会の聖職者の姿である。エチオピア北部での調査の合間に、ある少年が、私のフィールドノートに描いた絵だ。

頭には布を巻いている。一般的には白色だが、高位の聖職者は黒色の円筒形の帽子をかぶる。左手には儀礼用の杖(つえ)、そして右手に握るのはツェナツルと呼ばれる金属製の楽器である。これを左右にゆっくり揺らして音を出す。右下にはカバロと呼ばれる儀礼用の太鼓が描かれている。

聖職者が儀礼時に杖の先で地面を打つ行為は、鞭(むち)打たれるイエス・キリストの姿を象徴的に表現する。さらに、ツェナツルの左右の揺れと太鼓のビートは、群衆から打たれ、よろめきながらもゆっくり歩みをすすめるイエス・キリストの姿を表す。長時間にわたる儀礼の合間に、聖職者は起立状態のまま、この杖によりかかって休むのである。

エチオピア正教会の儀礼時に用いられる音楽はゼマと呼ばれ、6世紀の聖人ヤレードが鳥の声からインスピレーションを受けて作曲したと言われている。ゼマは、神からの贈り物とされ、エチオピア北部の正教徒たちの生活に深く根付いているのである。

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