国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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手仕事の今

(1)インドの放牧用袋づくり  2016年7月7日刊行
上羽陽子(国立民族学博物館准教授)

放牧杖(づえ)に掛けられた放牧用袋。器や茶葉などを入れる。左の黄色の袋は穀物袋を再利用したもの=2001年、筆者撮影

 「はい、どうぞ」といって彼は私に袋を渡した。お金はいらないと言う。驚く私に彼は「時間はタダだからね」と笑顔で言った。

 砂礫(されき)の乾燥地帯、インド西部グジャラート州カッチ県でラクダの飼養をしているラバーリー男性が製作する、ラクダ毛を用いた放牧用袋づくりを調査している時のやりとりであった。

 この袋にはいったいどれほどの製作時間が費やされているのだろうか。思わず時給計算をしてしまう私とはうらはらに、彼は再び糸紡ぎを始めた。牧夫はラクダとともに歩いて移動するが、その時間を活用して、歩きながら紡ぎ作業をする。できあがった糸はラクダに載せてためておき、休息の時間に編みや織り技法を用いて袋にする。

 市場に行けば、さまざまな袋が安価で売っている。わざわざ時間のかかる糸紡ぎをして、袋をつくる必要性はみあたらない。それでも、彼らはつくり続ける。ラクダ毛は、ダニや汚れなどを取り除くため、毎年刈り取られる。市場価値のない、ラクダの毛を自らで紡ぎ、自家消費する。そこに付随する膨大な手間をお金に換算しないのだ。私たちが当たり前だと思っている価値体系とは異なる手仕事の世界がここにはある。

 

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