国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

緑の男をめぐる冒険

(2)豊穣をもたらす聖者  2016年8月18日刊行
菅瀬晶子(国立民族学博物館准教授)

ゲオルギオスの墓にオリーブオイルを捧げる人びと=イスラエル・リッダで1997年11月、筆者撮影

 聖ゲオルギオスと同一視される「緑の男」とは、イスラームの聖典クルアーンに登場し、ムーサー(モーセ)を教え導く神秘的存在である。イスラム以前の伝承として、今も中東でひろく親しまれているアレクサンドロス(二本角)伝説にも登場し、生命の泉を探し求めるアレクサンドロス一行に加わる。

 ところが道中彼らははぐれてしまい、生命の泉の恩恵にあずかることができたのは、結局緑の男のみであったという。彼が不老不死とされるのは、この伝説ゆえだ。

 ゲオルギオスが殉教したのは4世紀、モーセやアレクサンドロスは紀元前の人物である。彼らが出会うはずはないのだが、そこは伝説、矛盾を指摘しても意味がない。とにかく緑の男ことゲオルギオスが、パレスチナとその周辺地域では古来より、降雨と豊穣(ほうじょう)、治癒を司(つかさど)るとされてきたのはまぎれもない事実である。

 11月16日の殉教祭で、巡礼者はオリーブオイルを彼の墓所に注ぎ捧(ささ)げるが、それはこの時期がオリーブ収穫期にあたるためだ。殉教祭は、ゲオルギオスにその年の収穫を感謝する祭でもあるのである。

 ちなみに、捧げられた油には万病治癒の御利益があるとされ、巡礼者は小瓶にすくい取り、大切に持ち帰る。

 

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