国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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緑の男をめぐる冒険

(3)病を癒やす聖者 『毎日新聞(夕刊)』掲載 2016年8月25日刊行

菅瀬晶子(国立民族学博物館准教授)


「聖ゲオルギオスの鎖」を首にかけた少女。イスラエル・リッダで1997年11月、筆者撮影

 パレスチナとその周辺で、聖ゲオルギオスを祀(まつ)る場所に、古びた鎖がそなえつけられていることがある。「聖ゲオルギオスの鎖」と呼ばれており、これはゲオルギオスがキリスト教徒として逮捕され、ローマ帝国に処刑されるまで、彼をいましめていた鎖であると信じられている。これを身体にくぐらせたり、首にかけて祈ったりすれば、どんな病も癒えると人びとは信じている。

 11月16日の殉教祭の日には、ゲオルギオスの墓所のみならず、この鎖の前にも長蛇の列ができる。祭の日に鎖を身体に巻いて祈れば、次の年の祭まで、無病息災で過ごせるという訳だ。

 今はゲオルギオスはあらゆる病を癒やすとされているが、昔はことに精神病と不妊の治癒に御利益があるとされてきた。昔は精神を病んだ人や、不妊に悩む女性をこの鎖につなぎ、ひと晩教会の聖所に泊まらせることもあったという。

 パレスチナ中部には、ゲオルギオスの母の出身地という村があり、そこにある聖ゲオルギオス修道院にも鎖がある。村の住民は現在全員ムスリムで、鍵を預かる門番も当然ムスリムだ。「村人はみなお参りするわ。ことに子どもがいる母親はね。おかげでうちの子たちも元気よ」と、門番の妻が笑顔で語ってくれたのが印象的だった。

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