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旅・いろいろ地球人

ネパールの今昔

(2)1934年の大地震 『毎日新聞(夕刊)』掲載 2017年3月16日刊行

南真木人(国立民族学博物館准教授)


がれきの前に並ぶ露天商=カトマンドゥで2015年6月、筆者撮影

2015年4月25日、約8900人の犠牲者を出したネパール地震が起こった。私はこの地震を契機とした社会再編に関する共同研究をはじめているが、最近ネパールで二つの書物に出合った。

一つはインド北部を震源とし、インドで約7200人、ネパールで約8500人の犠牲者を出した1934年の大地震の記録である。ブラフマ・シャムシェール・ラナという貴族(統治者)がネパール語で記し、地震の翌年に出版された。2013年にはその英訳本も出版されていた先見の明には驚かされる。それによれば、当時ネパールは鎖国をしていたにもかかわらず、日本の商工会議所や横浜市などが義援金を送っていた。それに先立つ1923年の関東大震災に際し、ネパールが日本に義援金を送っていたことも載る。ラナ専制政治における官僚機構の成熟や両国の国交成立以前の交流を窺わせる精緻な記録だ。

もう一つは、歴史学とサンスクリットの大家マヘシュ・パントによる地震史である。そこでは歴代の統治者お抱えの占星術師が、天変地異の記録として書き残した13世紀に遡る地震活動の文書が分析される。

ネパールの地震記録の質と歴史的深さは決して侮れない。ただ、残念ながら、それらの教訓が今回の地震において活かされたようには見えない。

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