国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

ネパールの今昔

(4)ガンダルバの30年 『毎日新聞(夕刊)』掲載 2017年3月30日刊行

南真木人(国立民族学博物館准教授)


村の青年が結成したラクチャ・バンド=ポカラで2016年、筆者撮影

国立民族学博物館の取材班が1982年にネパールで撮影した番組DVDを被写体となった当事者に渡す訪問を重ねている。その際、再び映像を撮らせてもらい、約30年の変化も記録している。前回紹介したバトゥレチョール村の楽師カースト、ガンダルバの場合、その変化には紆余曲折があった。

歌を唄い門付けすることを生業としてきた彼らは、かつて「不可触カースト」と見なされてきた。彼らが弾く弓奏楽器サランギは、ガンダルバの目印であり、差別の根源となってきた。

80年代頃から清掃の公務員職が得られるようになると、村人は楽器演奏から離れ、次世代の教育に投資しだした。今日、村にはサランギを弾いて街を流す人は一人しかいない。

他方、この村からはラジオを通じてサランギの弾き語りを国民的音楽の域にまで持ち上げたとされる、伝説の吟遊詩人ジャラクマンが出た。音楽家としてのガンダルバの名声は、彼の功績によりこの30年で築かれてきたのである。

こうして一時は楽器から離れた村人は、子弟に再びサランギの演奏を教えだした。なかでも村の青年がアイデンティティーを模索する中で生まれた「ラクチャ(目標)・バンド」は、被差別の経験を乗り越え、当事者による魂の音楽を奏でる。「村は芸の鉱床だ。サランギを失くさない」と青年はいう。

シリーズの他のコラムを読む
(1)東京オリンピック
(2)1934年の大地震
(3)映像が持つ力
(4)ガンダルバの30年