国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

韓国農楽の追憶

(2)全羅道の食と芸能  2020年9月12日刊行

神野知恵(国立民族学博物館機関研究員)


公演の後には屋台で一杯=イラスト・筆者

私が研究フィールドとする韓国南西部の全羅道(チョルラド)は、食文化と伝統芸能の宝庫である。例年、9月には農楽やパンソリなどの民俗芸能コンテストやフェスティバルが開かれ、会場には旬の食べ物を売る屋台が立ち並ぶ。

秋は銭魚(チョノ)(コハダ、コノシロ)の季節だ。「銭魚を焼くと、家出した嫁も帰ってくる」ということわざがあるくらい、焼き魚にすると香ばしくおいしい。エビの塩焼きも、この時期によく見かける。演舞で汗を流した後に、焼き魚やエビをアテに焼酎をキュッとやるのが芸能者たちにとって最高の楽しみである。コロナ禍で行事が中止になり、意気消沈しているであろう人々の顔が思い浮かぶ。

全羅道の人々の食に対するこだわりは、地元を離れる際に顕著に現れる。他地域で開かれるフェスティバルに招へいされたとき、高敞(コチャン)農楽保存会のお年寄りたちは「何を食わされるかわからん」「体を動かすんだからしっかり食べにゃいかん」と、自家製のキムチやおかずを発泡スチロールの箱にいっぱい詰めてバスに乗り込んだ。案の定、現地の食事については散々な酷評ぶりだった。当時はそこまでするかと思っていたが、気づけば私もどっぷりと濃厚な全羅道の味に感化され、今では高価で薄っぺらい都会の料理に出会うと、全羅道方言でケチをつけたい気持ちになる。

シリーズの他のコラムを読む
(1)夏休みの後遺症
(2)全羅道の食と芸能
(3)羅先生の家
(4)秋夕の墓参り