研究の自己アピール
多くの国家はあたかも1民族=1言語によって成立しているかのようにふるまい、それを理想としてきましたが、特に今日、人口移動の活発化する中、都会などで多言語社会が出現しています。北欧や日本も例外ではありません。ひとつの言語で運営されていた社会に多数の言語があらわれ、行政や民間の情報伝達や都市景観さらに人びとの意識にまで影響を及ぼしています。言語的共存の道をさぐる上で多言語化の研究の重要性は少なくありません。
更新日時:2012年4月1日
庄司博史SHOJI Hiroshi

言語、マイノリティ、人口・移民・移住
ヨーロッパ,日本列島(北ヨーロッパ、日本)
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多くの国家はあたかも1民族=1言語によって成立しているかのようにふるまい、それを理想としてきましたが、特に今日、人口移動の活発化する中、都会などで多言語社会が出現しています。北欧や日本も例外ではありません。ひとつの言語で運営されていた社会に多数の言語があらわれ、行政や民間の情報伝達や都市景観さらに人びとの意識にまで影響を及ぼしています。言語的共存の道をさぐる上で多言語化の研究の重要性は少なくありません。
私が長くかかわっているのは北欧でもフィンランドとエストニアです。いずれもヨーロッパにありながら、インドヨーロッパ語族には属さないウラル語系のことばをはなす人びとが主流をしめています。歴史や接触した民族の影響で違いも少なくありませんが、文化や言語の基層はおなじです。ムーミンやサンタクロースはともかく、サウナもライ麦パンもベリー摘みもエストニアの重要な文化の一部です。国歌のメロディーが同じというのは世界でもめったにないでしょう。