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  研究会・調査報告


■2012年度~最新の報告へ    
「MINDAS 2011年度第3回合同研究会」報告  研究会報告
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日 時:

2012年2月4日(土)13:00~18:30、5日(日)10:00~15:30

場 所:

福岡アジア美術館

報告者:

報告1

五十嵐理奈(福岡アジア美術館)
「インドを集めた日本人を集めること『魅せられて、インド。-日本のアーティスト/コレクターの眼』展より」

報告2

福内千絵(国立民族学博物館外来研究員)
「ラヴィ・ヴァルマー・プリントの20世紀―黒田・中嶋・遠藤コレクションに探る」

報告3

豊山亜希(日本学術振興会特別研究員・大阪大学大学院)
「マールワーリーの邸宅ハヴェーリーの壁画装飾からみる植民地経験とグローバリゼーション」

報告4

木下彰子(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)
「現代インドにおける新たな神イメージの登場—印刷物宗教画にみられる図像の今日的展開をめぐって」

 

 

 

概 要:

報告1


Highslide JS  発表者が企画・実施した展覧会「魅せられて、インド。―日本のアーティスト/コレクターの眼」は、日本とインドとの戦後の交流の中で、日本のなかに様々な方法と形で積み重ねられてきた「インド」を、インドに魅せられた日本のアーティストとコレクターによる多彩な作品で紹介する展覧会である。
本展は、美術館の展覧会という表現形式の限界のなかで、物よりも人に焦点をあて、物をとおして人を紹介することを目的とし、インドから大きな影響を受けた現存のアーティストやコレクターへの綿密な調査やインタビューに基づくものであり、文化人類学的視点を活かした展覧会である。展示作品は1000点を越える膨大な作品数と物量であり、またそれらのサイズ、作品保険評価額、作品のジャンルなどは、両極端といってよいほどの大きなちがいがある。そのため、美術館の美術展として行われる展覧会であるが、その企画、開催までのプロセス――出品作家とコレクターの選考、個人コレクターの所蔵コレクション全容の把握、そこからの出品コレクションの選考、作品輸送、保険付与、展示方法、説明キャプションの掲示方法、展示作業、図録作成など、展覧会開催までのあらゆる局面には、「美術館」や「美術業界」が通常則っているルールや常識では対応しきれない想定外の事が多々生じた。なお、これまで死角となってきた「日本のなかのインド文化」に目を向けることが、日本におけるインド研究の新たな展開を生む可能性を指摘した。

報告2


Highslide JS  本報告は、20世紀におけるラヴィ・ヴァルマー・プリントの実相について、黒田豊氏らのコレクションを中心に探るものであった。今日のいわゆる「アンティーク」としてのラヴィ・ヴァルマー・プリントへの注目は、主に1993年のラヴィ・ヴァルマー回顧展(ニューデリー国立近代美術館)によって喚起されたが、黒田氏らのコレクションのはじまりもこの時期の前後に位置づけられる。これまでの報告者の調査では、ラヴィ・ヴァルマー・プリントは、19世紀末のミドルクラスのあいだでのステイタスとしての受容、さらにプージャー画、商品ラベルといった形による、20世紀前半の大衆への浸透が跡付けられるものであった。今回の黒田氏コレクションの分析では、主題によって、プージャー画(正面性)、神話画、美人画に大別でき、とくに神話画の画題が極めて豊富で、通常主題化されないような類稀な場面描写もあることが注目された。この点に関しては、過去の神話などに理想を求めた19世紀西欧の懐古的なロマン主義の動向との関係をみていく必要があることを指摘した。また、ラヴィ・ヴァルマー・プレスに関する新資料として、商品価格一覧「Anant Shiwaji Desai Topiwale(1913)」紹介し、実証に基づく今後の研究の可能性について提示した。 質疑応答では、ラヴィ・ヴァルマー・プリントをめぐる今日的状況について、版権や真正性の問題、ラヴィ・ヴァルマー自身の創造性や「Fine Art」の認識などから議論がなされた。

報告3


Highslide JS  マールワーリーとは、19世紀に頭角を現し、現代インド経済を牽引する商業集団の一つである。1830年代から約100年間、彼らは植民地都市において得た富を、建築事業の形で故郷シェーカーワーティー地方に投資した。とりわけ豪奢な彩色装飾が施された自邸ハヴェーリーは、そのアイデンティティを表象する装置であるとして、先行研究においても活発に議論されてきた。そこでは一貫して壁画主題に論点が置かれ、神話や動植物などの伝統的主題から鉄道や自動車などの西洋(近代)的主題への転換が、マールワーリーの植民地都市における成功とコスモポリタン性を示すと説明されてきた。
本発表においては、先行研究が論じてきた「伝統/近代」の二項対立性を、ハヴェーリーの壁画に「何が描かれたか」ではなく「どのように描かれたか」という表現形式から問い直した。第一に、伝統的とされる主題の表現に、スタジオ写真の背景幕モティーフや、カンパニー画の博物学的関心に基づく情報陳列方法といった近代性が内在することを指摘した。第二に、ハヴェーリーの壁画や同時代の視覚芸術において伝統とみなされているものが、実際にはインド大反乱後のイギリスのイデオロギーに基づいて再編された伝統であることを、イギリスと藩王国の文化行政実践を通して明らかにした。そして、後進性としての伝統を脱しようとするインド社会のアイデンティティ変容が、ハヴェーリーの壁画に印刷画の模写表現を現出させたと指摘し、それらが産業資本家としてのマールワーリーのナショナル・アイデンティティを表象すると意義づけた。

報告4


Highslide JS  デリーはインフラ整備が十分に進まないなか、急激な人口流入や都市化を経験し、深刻な環境問題を抱えている。特にデリー東部を流れるヤムナー河の水質悪化は喫緊の問題である。下水道及び下水処理場の不足からくる排水の垂れ流しが主な汚染源になっているが、メディアではガネーシャ・チャトゥルティ等の大規模な都市祭礼で川などに沈められる(ヴィサルジャンされる)神像も河川環境を著しく悪化させているとして対策を求める報道が増えている。そして、この聖なるヤムナー河の汚染問題は、そこで行われてきたヒンドゥー教徒の宗教実践にも影響を与えるようになった。本発表では、ヤムナー河汚染問題をめぐる政府の対応やNGOの活動を報告すると共に、人々が環境問題を考慮して家庭内実践を変え始めている様子を報告し、都市の環境問題と宗教実践のあり方について検討した。
調査を行ったデリーの中間層ヒンドゥー教徒の家庭では、様々な宗教的事物が「破棄」されている。上述したような都市祭礼で祀られる神像だけでなく、劣化・破損した宗教画や神像もヴィサルジャンの対象となる。また、家庭内には宗教的な図像が印刷されたカレンダーやカード等、多種多様なものが流入しており、それらを「破棄」しなければならない契機も増えている。しかしそれらは、例え大量生産物であっても決して「ゴミ」として捨てられることはなく、路上や寺院のピーパル(菩提樹)の根元やヤムナー河に運ばれることが多い。また、ヒンドゥー教の日々の礼拝では、寺院でも家庭でも、花やココナッツ等様々なものが献じられており、それらもピーパルやヤムナー河に毎日大量に持ち込まれている。本発表ではデリーの清掃機構を説明し、「破棄」されたそれら宗教的事物がどのように処理されているのかについても報告を行った。デリーで調査したいくつかの家庭では、人々が自らの実践が環境問題という公の問題に繋がっているという認識をもちながら模索し、家庭内から出る宗教的事物の処理法を変容させている。本発表ではこれらフィールド調査結果を報告し、「水資源としてのヤムナー河」と「聖なるヤムナー河」との間の拮抗を考察した。

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「国際研究フォーラム」報告  研究会報告
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日 時:

2011年11月5日(土)13:30~17:00

場 所:

国立民族学博物館2階第3セミナー室

報告者:

近現代インドにおけるナショナリズムと大衆文化

発表者

中村忠男(立命館大学文学部准教授)

Jyotindra Jain(インド視覚文化センター所長)

Christopher Pinney(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン教授)

概 要:

報告1

発表1 中村忠男

"Hindu Pilgrimage and Formation of the New Body for God/Nation"

From the second decade of the 20th century, local religious and social leaders in India began gradually to adopt the new trend of religious painting which Ravi Varma and other art school graduates had elaborated as “Fine Art” in the western sense, and introduced a group of traditional painter-priests to the western technique of realism, modern printing systems, and popular image markets to promote the pilgrimages they patronized. Through this re-traditionalisation of modern religious imagery, the referent of the divine body painted was bifurcated between the human body and its murthi, the material body in the form of which the deity is actually enshrined in the local pilgrimage center. This confusion of the referential frame produced several hybrid prints, for example, composite prints mixing the Ravi Varma-like painting of a deity with photographs of its murthi. As its realistic reproduction risked eroding the religious power of the priests, which is generated by controlling the regard of the pilgrims in a temple, religious authorities would repress any mechanical reproduction of the murthi by the popular image market and monopolize the rights to it. However, once mythical scenes depicted in popular prints were connected directly with the real world of the viewers, the surface of the print would necessarily assume an opaque depth which could be deciphered according to the viewer’s own worldview and political agenda, and captured the popular imagination with regard to the nation to which they aspired. While the Great Mother Goddess (Bhārat Mātā, Tamilttāy…etc.) acquired such political meaning before Independence, the pilgrimage prints were also fitting to symbolize the integrity of the regional culture through the local pilgrimage network, and, particularly after the middle of the last century, Char Dham prints (an India-wide pilgrimage) visualize the geographical body of the newborn India and the unity of the Indian nation.

発表2 Jyotindra Jain

"Indian Popular Visual Imagery: Curating Culture, Curating Territory"
My presentation will focus on the emergent new forms of Hindu nationalism in Gujarat, spurred by the organised channelling of global/diasporic capital; by the usurpation of new media technologies of image production for spectacularising the religious as “art”, “culture”, and “tradition”; and above all, by the recent phenomenon of strategically constructing and mobilising ritual spaces from the national to the local (and vice versa) to serve communal nationalist goals.
Probing the objectives and processes of the transfer of ritual spaces, I shall examine the recent constructions in Gujarat of facsimile replicas of Amarnath and Vaishnodevi, two of the most revered north Indian places of Hindu pilgrimage; the state government’s mega project of resurrecting the lost Vedic river Saraswati in the territory of the state; and the creation of Akshardham in Delhi, a massive religio-cultural complex of the regional, Gujarat-based Swaminarayan sect.

発表3 Christopher Pinney

 "Gandhi, Camera, Action! Anna Hazare and the 'media fold' in twenty-first century India"
Staring with observations concerning  the neo-Gandhian Anna Hazare's  presence in contemporary India, the enduring relationship between politics and media will be explored. If, as is often claimed, Hazare is in some sense 'repeating' Gandhi, can we also detect a more widespread repetition and citation at work which embeds contemporary Indian politics in something akin to  what Jameson termed 'Third World allegory'? The burden of India's colonial history will be explored from this perspective, and the concept of the 'media fold' explored. It is is hoped that this will explicate the layering and bricolage which characterizes much popular Indian visual culture.

 

「インド文化研究セミナー」報告  研究会報告
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日 時:

2011年11月4日(金)15:00~17:00

場 所:

京都大学本部キャンパス 総合研究2号館

報告者:

階段井戸:インドの水利建築、その文化社会的意義

講師

Jutta Jain-Neubauer(インド視覚芸術センター)

コメンテーター

小西正捷(立教大学名誉教授)

概 要:

講演

Jutta Jain-Neubaue

"Stepwells: Water Monuments of India
Typology and Evolution of a Unique Architectural Form"

A stepwell is a particular type of water monument that is unique to India. It is a water- well connected with flights of steps descending down into the earth right up to the ground water level. Numerous intermediate pavilions, balconies, side-walls that are embellished with ornate niches and alcoves or rows of sculptures of deities and mythological figures – all in the styles of the architecture of period and the region – make these intricate water monuments resemble grand subterranean temples.The talk will deal with the development and range of the various architectural types of stepwells as they flourished in Western and Northern India, as well as their structural features, their art-historical import, and their iconographic, religious and social significance.


Highslide JS
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「MINDAS 2011年度第2回合同研究会」報告  

研究会報告



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日 時:

2011年10月8日(土)13:30~17:00

場 所:

国立民族学博物館4階大演習室

報告者:

報告1

南真木人(国立民族学博物館)「ネパール人移住労働者の急増と変化」

報告2

高田峰夫(広島修道大学)
「バンコクのバングラデシュ人社会についての予備的考察―タイ社会の変化とグローバル化の中で」

概 要:

報告1

Highslide JS

  本発表では、1989年頃から始まり1997-98年をピークに激減した、日本における超過滞在・非正規就労のネパール人移住労働者について、その生活実態や社会の特徴、帰国後の生活を報告するとともに、彼/彼女らに取って代わるようにして2004年頃から急増しているネパール人料理人(在留資格「技能」)と濫立するネパール・インド料理店の背景を紹介した。また、ネパールの村むらにまで浸透した湾岸諸国やマレーシアへの移住労働という近年の変化とその展望について議論した。日本におけるネパール人移住労働者は、タカリー・チャンネル(南 2003)とグルカ兵コネクション(Yamanaka 2000)を通じて形成された移民送り出しネットワークにより、西ネパールの特定の郡を出身地とする民族集団が大多数を占める。彼/彼女らはそれぞれの民族協会を組織し、同胞が直面するさまざまな問題を解決するとともに、遠隔地からネパールの民族/先住民運動を支援してきた。取り締まりの強化によって退去強制され、民族集団の出身者が激減するなか、正規に就労するネパール人料理人のほうは高カースト出身者が多く、日本におけるネパール人コミュニティの形態と性格は大きく変わった。ただし、後発のネパール人料理人にしても、その出身地は西ネパールの特定の郡からであることが多く、非正規の移住労働者と正規の料理人は連続した移民現象の発展形であることが示唆され、一度形成された移民送り出しネットワークの堅固さを物語る。ネパールは現在、人口の7.2%にあたる192万人が国外に居住し(2011年)、移民による送金額が国内総生産GDPの22%に上る(2010年)という移民送り出し国になりつつある。短期的には移民の送金がネパールの好景気を下支えしている点で重要だが、中長期的には移民経験に基づく個々人の社会的資本の蓄積(ケイパビリティの向上)が肝要であり、そうした人びとの影響がとくに地方の村の社会を大きく変える契機となってきた。質疑では、ネパール料理店がとりわけ2004年頃から増加したきっかけは何であったのか、「ケーララの奇跡」に通じるものがあるのでは、移民は何をベースに組織化するのか(民族性か地縁か)、似たような経過をたどった韓国について言及しないのはなぜか、といった本質的な質問やコメントが寄せられた。

報告2

Highslide JS

  本報告では、1980年代から2010年前半までの時期、バンコクにおけるバングラデシュ人社会の急激な変貌を簡単に報告すると共に、その背景をタイ社会の変化とグローバル化との関わりから考察した。個人的な背景説明の後、タイにおける南アジア系の人々の移入の歴史と社会形成、その中でのムスリムが置かれた状況を俯瞰し、彼らの状況が「見えない」ことを説明。その理由として、「タイ社会」研究の持つバイアス、タイ社会の「自画像」が持つ歪みが大きな影を落としていることを指摘した。次いで、南アジア系ムスリムの具体的な事例としてバングラデシュ人に焦点を当て、彼らの集中したバンコク市内のパフラット地区の一角が形成された経緯と歴史的背景、それが日本を初めとする東アジア地域との関わりの中で始めて理解できること、同地区が南アジアと東アジアをつなぐ一種のハブ機能を持っていたことを指摘した。さらに、2000年代前後から同地区からバングラデシュ人の姿が薄れ、市内東方のスクムヴィット方面に新たな拠点形成が成された理由を、グローバル化、及び都市バンコク自体の変貌との関係から検証し、暫定的な結論を提示した。

 

 
「MINDAS 2011年度第1回合同研究会」報告  研究会報告
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日 時:

2011年7月9日(土)13:30~17:00、10日(日)10:30~15:00

場 所:

国立民族学博物館4階大演習室

報告者:

報告1

宮本万里(国立民族学博物館現代インド地域研究拠点)「民主化プロセスのなかの仏教僧と村落社会:現代ブータンの事例から」

報告2

上羽陽子(国立民族学博物館)「伝統的技術の戦略的継承法:インド、グジャラート州の女神儀礼用染布を事例に」

報告3

鈴木晋介(国立民族学博物館)「現代スリランカにおける「宗教・民族・カースト」をめぐる日常的実践へ」

 

概 要:

報告1

報告1では、ブータンで現在進行中の「民主化」政策を、選挙法を含む国政選挙のプロセスから再考した。特に政治領域において従来一定の発言権が与えられてきた仏教界の位置づけに注目し、2007年・08年の「普通選挙」実施に伴い僧侶から選挙権が剥奪された点について歴史的に捉えなおそうと試みた。全ての宗教者(化身・出家僧・在家僧・僧院組織の成員など)から選挙権を剥奪した選挙法の背景として、宗教は政治の上部に位置するべきであると明記した憲法の存在がある。報告者は仏教僧がブータン社会において仏教的な儀礼や法要を司るほか、占星術や祈祷を行う治療者、あるいは識字能力を有する知識人としての役割を果たしてきたことを指摘しつつ、公の政治領域における宗教界の「上部」への退出をいかに意味づけるべきかを考察した。ブータン政府が西洋的な政教分離の理念を援用しつつ仏教界の政治的な弱体化あるいは宗教的な純化を図るように見える一方、国会から完全に切り離された仏教界では反対に自治の高まりと大僧正への権力集中が進み、社会への影響力が強化されている側面があり、こうした点を含めた重層的な理解が必要であることが確認された。

 

報告2

本発表では、インド西部、グジャラート州、アーメダバード県、ワサナ地区において製作される女神儀礼用染色布・マーターニーパチェーディを取り上げ、1960年代~1980年代に報告されている製作工程との比較をおこない、現在の製作現場において、伝統的技術がどのように継承されているかについて報告をおこなった。 報告者は、女神儀礼用染色布の製作現場において、一見すると無駄にみえる作業が多く、染色学的知見からすると、作業をおこなう根拠のないものが多いことを指摘した。そして、それらを注目することによって、製作者自身が製作技術をどのように取捨択一し、その表現方法において、つくり手たちが「伝統」をどのように主張しながら、戦略的に製作をおこなっているかを考察した。 さらに、女神儀礼用染色布に用いられる染料に注目し、製作者が化学染料であるアリザリン染料を、あえてナチュラル・ダイ、ベジタブル・ダイと明示する理由について、女神儀礼用染色布を実際に儀礼時に使用する人びとのこだわり、観賞用として購入する際の商品としての価値は何かといったことを提示した。そして、質疑応答では、製作者と購入者にとっての伝統や商品価値とはいったい何なのかといった点について議論がおこなわれた。

 

報告3

グローバルに展開するひとの移動の加速化、そして約四半世紀に及んだ内戦状況の終結(2009年5月)。スリランカは大きな転機を迎えている。発表前半では、スリランカ中央州のゴム・プランテーションから西部州ネゴンボ市に移住したある家族をめぐる約100年の親族関係の展開の事例提示の後、現在、そして今後のスリランカ社会において「宗教」、「民族」、「カースト」が如何に生きられていくのかという問いが立てられ、問いの背景としての経済的変化(中東産油国への出稼ぎ出国者数増加をめぐるマクロ、ミクロの経済的状況)、政治的変化(内戦終結以前から進行した「民族対立」図式から「対テロ戦争」へのコンテクストの転換)が報告された。後半では、問いに対する方法論として、「ヨコの水準」としての「ジャーティヤ」概念の前景化の可能性が示され、宗教、民族、カーストをめぐる日常的実践の諸変化を「発見」的に調査・記述していく必要性が論じられた。ディスカッションでは、とくに発表者が提示したジャーティヤに関わる<括り>と<つながり>の概念規定をめぐって、他の南アジア地域との比較を含めた多角的な議論がなされ、方法論的な深化が目指された。


 

 

「MINDAS 2010年度第3回合同研究会」報告  研究会報告
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日 時:

2011年3月12日(土)13:30~17:00、13日(日)10:30~15:00

場 所:

国立民族学博物館4階大演習室

報告者:

報告1

松川恭子(奈良大学)「インド、ゴア社会の演劇ティアトルのメディア複合としての現代的展開」

報告2

小牧幸代(市立高崎経済大学)「聖地の都市性:アジュメールにおける巡礼と観光の諸相

報告3

松尾瑞穂(新潟国際情報大学)「聖地における「プージャー産業」の変容:祖先祭祀儀礼の「本場」を構成する要素」

 

概 要:

報告1

本報告は、インド西部、ゴア社会で主にクリスチャンのあいだで上演されている演劇、ティアトル(tiatr)を取りあげ、その成立と様々なメディアを通じての展開を考察するものだった。西洋演劇・西洋音楽の影響を受け、19世紀末に演劇と歌を組み合わせる形で始まったティアトルが、社会批評を含んだ娯楽として、印刷物やカセットテープ、更に近年ではCD・VCD、ケーブルテレビやYouTubeといった新しいマスメディアと結びつき、ゴア社会で受容されている現状が明らかにされた。ポルトガルによる植民地支配の影響や、インドにおけるローカルな映画・テレビなどのマスメディアとの関連等について議論が行われた。

報告2

メッカへの大巡礼はムスリムの義務だが、インドにはそれを果たせない人のための救済装置として「インドのメッカ」と呼ばれる聖地がいくつかある。アジュメールのムイーヌッディーン廟は、そのひとつである。とはいえ、アジュメール巡礼3回がメッカ巡礼1回に相当するといった具合に、代替聖地の格は本家聖地よりも数段下である。メッカへの行程が様々な面で整備された昨今では、複数回の巡礼経験を持つ人も珍しくない。こうした状況下で「インドのメッカ」は何を期待されているだろうか。本発表では、同廟で数年前から預言者祭の折に公開され参拝者を集めるようになった「預言者ムハンマドの髭」に注目した。「インドの預言者ムハンマド」とも称される聖者ムイーヌッディーンの聖遺物を保管する一方で、「本家本元」の聖遺物を勧請したのはなぜなのか。聖遺物信仰の諸事例を整理分析し、全体像と諸特徴を浮き彫りにしつつ、この出来事の背景について考えた。

報告3

本発表では、報告者がインド、マハーラーシュトラ州トランバケーシュワルにおいて現在進めている現地調査に基づいて、歴史的に形成されてきた聖地を「聖地」たらしめる文化的、社会的要因について論じた。トランバケーシュワルは、12年に一度のクンバメーラーの舞台となる有名なシヴァ寺院だけでなく、近年では都市中間層を中心として、ナラヤン・ナーグ・バリという死者供養/贖罪儀礼の「本場」としても知られるようになっている。かつてはきわめて稀であったこの珍しい儀礼が、今ではトランバケーシュワルの「売り」として大きく喧伝されるようになっている。本発表では、トランバケーシュワルにおいて顕著な、宗教儀礼に依存した産業構造に注目し、この産業を支える司祭集団(tirta prohita)や寺院司祭(pujari)、儀礼祭主(yajman)、寺院トラスト、そしてトランバケーシュワルのコミュニティがどのように関与しているのかを検討した。そのうえで、ワーラナーシやアヨーディヤなど、すでに研究が進められている主要なヒンドゥー巡礼地との比較という点だけでなく、経済自由化以降の現代インド社会における中間層の宗教実践の変容という点からも理解できるということを指摘した。

 

ナーグの上に座るイエス
食堂にあるインド式の“最後の晩餐”

 

「MINDAS プロジェクト1及び2 2010年度第2回合同研究会」報告  研究会報告
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日 時:

2010年10月30日(土) 午後1時30分~6時

場 所:

国立民族学博物館4階大演習室

報告者:

報告1

田森雅一(国立民族学博物館外来研究員)「近代インドにおけるガラーナー・アイデンティティの構築―英領インド帝国期に行われた「国勢調査」と「反ナウチ運動」との関連を中心に」

報告2

アントニサーミ・サガヤラージ(南山大学人文学部・人類文化学科講師)「キリスト教の多宗教との対話・政策としてのインカルチュレーション―その過去と現在」

概 要:

 報告1は、今日の北インド古典音楽(ヒンドゥスターニー音楽)に特徴的な音楽流派であり社会組織であるガラーナーと、その概念形成に影響を及ぼしていると考えられる英領インド帝国期に行われた国勢調査(カースト統計)と反ナウチ(踊子)運動に注目し、今日の音楽家たちの社会音楽的アイデンティティ形成について考察した人類学的・社会歴史的な試みでした。グローバルな世界における音楽家たちの再帰的な語りが、歴史とどのように接合しているのかが探求されました。

 報告2では、1950年にインドで最初に設立されたカトリック・アシュラムであるタミルナードゥ州ティルッチ市のSaccidananda Ashram (Shanthi Vanam)を事例として、布教先の文化に合わせてキリスト教が変容・土着化されていく過程をインカルチュレーションの概念を用いて考察されました。従来の宗教伝道の構図は、与え手が西洋人、受け手がインド人であったが、現在では与え手がインド人、受け手が西洋人に変化しており、西洋から伝道された宗教がインドで変容し、それが西洋に再伝道(re-evangelization)されている現象が詳述されました。討論を通じ、宗教の「環流」というダイナミズムについて議論を深めました。

ナーグの上に座るイエス
食堂にあるインド式の“最後の晩餐”

研究会の様子1研究会の様子2

研究会の様子3

 

「キリスト教とインド文化の出会い―インカルチュレーションを通じての福音宣教」に関する現地調査  調査報告
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期 間:

2010年8月6日~8月14日

国 名:

インド(デリーおよびタミルナードゥ州ティルッチ市)

報告者:

アントニサーミ サガヤラージ(南山大学人文学部・人類文化学科講師)

概 要:

  往路は、8月6日名古屋発(香港経由)の便でデリーへ。デリーで調査後、8月8日に飛行機でタミルナードゥ州のティルッチ市にあるSaccidananda Ashram(Shanthi vanam)へ。デリーでの2日間は、イエズス会のTheologateであるVidya Jothiにおいてフィールドワークの事前準備として、インカルチュレーション(Inculturation)そのものについてとインドにおけるインカルチュレーションについての資料収集と文献調査をおこなった。8月9日から14日までティルッチのAshramで、「キリスト教とインド文化の出会い―インカルチュレーションを通じての福音宣教」というテーマに基づく参与観察と聞き取り調査をおこなった。

  インカルチュレーションとは文化と文化との出会いという異文化同士の出会いであり、信仰と文化の出会いに繋がる。つまり福音宣教におけるインカルチュレーションでは福音を受け入れた共同体は伝達された文化と信仰とを識別し、自分の文化形態の内に自分の信仰を表現する。しかし、Ashramでは福音を述べ伝える側が既に現地の文化に合わせた福音宣教活動を行っている。その計画的に行われたインカルチュレーションである福音宣教に実際に惹かれているのは、現地のキリスト共同体よりも西洋の人々であり、現地の人々による生きた経験の結果であるインカルチュレーションとの間には相違が見られる。上記の点から福音宣教におけるインカルチュレーションに本来のインカルチュレーションの意味からのずれが生じている現状があきらかになった。

 

Highslide JS
アーシュラムの正門
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三位一体の教会の門

Highslide JS
ナーグの上に座るイエス
Highslide JS
食堂にあるインド式の“最後の晩餐”

 

     ※写真をクリックすると拡大し、キャプションが表示されます。

 

MINDAS 第1回国際シンポジウム The City in South Asia 報告
シンポジウム報告
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期 間:

2010年7月18日~7月20日

場 所:

国立民族学博物館(2階第4セミナー室) 

内 容:

 7月18日(日)から20日(火)の3日間にわたり、MINDAS主催の第1回国際シンポジウムを国立民族学博物館2階第4セミナー室で開催しました。開催にあたっては、国立民族学博物館のリーダーシップ支援経費の支援、またMINDASと研究協力関係にあるエジンバラ大学南アジア研究センターからの協力を受けました。

 1990年代以降急速に進む南アジアと域外との人・モノ・情報の往還がもたらす価値観の著しい変容や社会変動は、グローバル化の前線である都市において最も顕著に現れています。一方、この変化を背景としたアイデンティティー・ポリティクスの深刻化、貧富の格差の拡大や、これらを背景とした暴力紛争の都市部での頻発といった問題も生じています。この傾向は都市部から村落部に徐々に波及しているため、都市の社会・文化の変容動態の解明は、この地域の将来を考える上で重要課題となっています。

 今回のシンポジウムでは、このような問題意識を共有する第一線の研究者をインド、イギリス、アメリカおよびドイツから10名招へいし、国内の研究者と議論を深め、南アジアの都市社会に関する具体的な調査データに基づき、都市の変貌の背景や今後の方向性について多角的に考察しました。

 3日間のシンポジウムでは”City structure and planning”、”Urban identity and religious transformation”、”The political economy of space”、”Networks, consumption and popular culture”の4つのパネルで総計28本の報告がなされ、フロアからの発言も含め活発な議論が展開しました。また、ムンバイを本拠に現代インド都市社会を鋭くえぐるドキュメンタリー映画を制作しているParomita Vohra氏による映像作品も2本上映され、鑑賞後にはインドの都市におけるアイデンティティー、ジェンダー、公共性などについてさらに討論を深めました。シンポジウムのプログラムと各報告の要旨についてはPDFをご覧ください。

Highslide JSHighslide JS
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(シンポジウムのプログラムと各報告の要旨はこちら

国際会議(Heritge 2010: The 2nd International Conference on Heritage and Sustainable Development)参加とリスボンにおけるゴアの食文化受容の現状についての調査
   調査報告
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期 間:

2010年6月20日~6月28日

国 名:

ポルトガル

報告者:

松川恭子(奈良大学准教授)

概 要:

  私の調査地は、インド西部に位置するゴア州である。1510年にゴア島がポルトガルHighslide JS
エヴォラの街並み
に征服されて以来、ゴアは長きにわたってポルトガル支配を受けた。インドが1947年にイギリスから独立した後も、ポルトガルを当時支配していたサラザールはゴアを手放すことに同意しなかった。結局、1961年12月に首相のネルーが軍を送り、ゴアを強制的に解放したという経緯がある。インドの一部になってから既に半世紀が経とうとしているが、現在でもゴアの中心部「旧征服地」の至るところにポルトガル支配の影響を見ることができる。ポルトガルとインドの食文化が混じり合って生まれた独特のゴア料理もその一つである。

  今回のポルトガル出張にあたって、私にはゴアの食文化に関連して二つの目的があった。一つは、ヘリテージ(遺産)がテーマの「ヘリテージと持続可能な開発に関する第2回国際会議」(The 2nd International Conference on Heritage and Sustainable Development、以下Heritage 2010と呼ぶ)で、ゴアの食文化をヘリテージとして捉えるときの問題点について報告すること。もう一つは、リスボンにあるゴア料理レストランを調査し、ゴアの食文化がポルトガルでどのように受容されているのかを調査することだった。

  Heritage2010は、ポルトガルに拠点を置くNGO(非政府組織)、Greenlines Institute for Sustainable Development の主催により、6月23日から26日までの4日間にわたってエヴォラ(Évora)で開催された。エヴォラの中心地は、「エヴォラ歴史地区 Historic Centreof Évora」の名でユネスコの世界遺産リストに登録されている。Heritage 2010では、(1)ヘリテージと開発のためのガバナンス、(2)ヘリテージと教育政策、(3)ヘリテージと経済学、(4)ヘリテージと環境、(5)ヘリテージと文化、(6)ヘリテージと社会の6つのトピックに関わる報告が行われた。世界各国から、都市計画、建築、保存科学、開発学、経済学、教育学、地理学、人類学など様々な分野の研究者が180名集まった。市立劇場(Garcia de Resende)とサンタクララ修道院学校(School of Santa Clara)が会場となり、一般的な国際会議とは異なる、温かな雰囲気の中で活発な討議が交わされた。

 

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Heritage2010の会場となったサンタクララ修道院付属学校
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報告中の筆者

 

  私は、香港中文大学人類学科のシドニー・チァーン教授が組織した、フード・ヘリテージをテーマとする分科会で報告を行った。報告のタイトルは、「無形遺産としてのローカルな食文化―インド、ゴアにおいてシェフとレストランが調理法の保全に果たす役割 Local Foodways as Intangible Heritage: The Role of Chefs and Restaurants in Preserving Culinary Ways in Goa, India」である。本報告では、ゴアの食文化といえば、キリスト教徒(カトリック)の豚肉の内臓を使ったカレー、ソルポテルや酸味のあるヴィンダルー・カレーが広く知られている状況について、料理本にみられる事例を挙げて説明した。その次に、ゴアのヒンドゥー教徒のあいだには、キリスト教徒とは異なる独特の調理法があることと、魚を好むのは宗教の枠組みを越えてゴアの人々に共通である点について述べた。最後に、ローカルな食文化、特に調理法や原材料に関する知識をヘリテージとして受け継いでいくために、レストランと料理人の役割が重要となってくるだろうと展望を述べた。食文化を無形のヘリテージとする考え方をめぐって活発な質疑応答となった。チァーン教授が提示した三つのR(資源resource、レシピ recipes、レストラン restaurants)に焦点を合わせつつ、更に事例を積み重ねていく必要があると感じた。本会議を通じて、学際的にヘリテージを考察する視点を得られたことが大きな成果だった。

  本出張の二つ目の目的であるリスボンのゴア料理レストランの調査では、3軒のレストランを訪問することができた。それぞれ、街角の食堂風のもの、インド的ゴアを強調した内装のもの、観光客向けのものと趣向が異なり、興味深かった。街角の食堂風の1軒目の店は、住宅街の中にあり、地元の人々が気軽に入れる雰囲気を持っていた。ゴアの地域語であるコーンカニー語で話しかけて聞いたところによれば、このレストランは8年前にオープンしたそうだ。店を開いた詳しい経緯は聞けなかったものの、従業員は新しい移民ではないかと推測できる。ポルトガル支配時にゴアに継続して居住していた住民の子孫であることを証明できれば、ポルトガルのパスポートを取得し、ヨーロッパで働くことが可能である。実際に、ゴアでポルトガルのパスポートを取ってポルトガルで働きたいと希望していた男性の話を聞いたことがある。一方、インド的ゴアを強調した内装を持つ2軒目の店のオーナーは、ゴア人ではあるものの、ほとんどゴアに滞在したことがない男性だった。両親はブラジルのサンパウロで出会って結婚し、本人は弁護士としてアンゴラやモザンビークで働いた。最終的にポルトガルで退職後の生活を送ることにしたという。レストランは2年前に以前あったレストランを買い取って開業したとオーナーは話してくれた。Highslide JS
一見してインドを思わせる、女性と象を配したレストランの入り口
3軒目の観光客を対象とした店は、リスボンを一望できるサン・ジョルジェ城門のすぐ前にある。レストラン名の下に”Cozinha Portuguesa Especialidades Goesas”(ポルトガル料理、ゴア料理専門)と書いてあり、それに続いて”Indian Food”と英語で記載があった点が特に目を引いた。

  3軒のレストランのメニューを見ると、Heritage2010の報告で私が指摘したように、キリスト教徒の食文化がメニューに反映される傾向が確かにあった。その一方で、2軒目のレストランには、インド料理レストランの定番メニューであるビリヤーニー(炊き込みご飯)やナーンがあった。ポルトガルのインド大使館のホームページには、リスボンを中心にインド料理レストランのリストが掲載されており、その中には「ゴア料理レストラン」として4軒がリストアップされている※。ゴア料理は、あくまでインド料理の中に位置づけられるのか、あるいはゴア料理として独立した位置づけにあるのか。ゴア料理レストランに関わる人々の背景にはどのような移動の経緯があるのか等、疑問が次々と浮かんでくる。更に調査を進める必要があると感じたポルトガル出張だった。

 
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ゴア料理(ソルポテル、ポーク・ヴィンダルー、フィッシュ・レシアド)
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ゴア料理(ゴア風海老カレー)
 
※ポルトガルのインド大使館のホームページについては、寺尾智史さんにご教示いただいた。今回の調査で訪れたレストランのうち、1軒はリストに掲載されていた。

MINDAS プロジェクト1及び2 2010年度第1回合同研究会 研究会報告
■ 一覧

日 時:

2010年5月22日(土)、午後1時半~午後6時

場 所:

国立民族学博物館4階大演習室

報告者:

香月法子(中央大学政策文化総合研究所準研究員)、「現代インドのゾロアスター教徒としてのパールシー:いかに形成されてきたか」

竹村嘉晃(国立民族学博物館外来研究員)、「神霊信仰のローカルを越えた隆盛-南インド・ケーララ州のムッタッパン儀礼を 事例に」

内容:

若手研究者の2つの報告に基づき、それぞれの報告について活発な議論が展開しました。

パールシー研究は世界的にも希少ですが、報告1からはパールシーの現代の信仰実践がまさにコロニアリズムのもとで形成されてきた事情が浮かび上がるとともに、現代インドにおいて彼らの宗教的アイデンティティーが直面する問題が様々な角度から論じられました。報告2においては、ケーララのダリットが主宰するローカルな儀礼がグローバル化の中で環流する状況が明確になり、憑依を伴う儀礼が環流する背景やそれに伴う儀礼の変容に関して議論が進められました。

研究会では、このほか共同研究員である山下博司東北大学大学院教授が本拠点事業の一環として訪問したドイツのハイデルベルク大学における学際的なインド研究プロジェクトに関しても報告が行われました。

 
 
研究会の様子研究会の様子
 
研究会の様子 

「国際ワークショップ “60 years of Indian Independence: Promoting Regional and Human Security”」報告 シンポジウム報告
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日 程:

2010年2月3日(水)、4日(木)

場 所:

京都大学稲盛財団記念ホール

報告者:

Ann Gold(シラキュース大学教授)、アントニサーミー・サガヤラージ(本拠点共同研究員)

内 容:

MINDASと京都大学拠点との共催で「国際ワークショップ “60 years of Indian Independence: Promoting Regional and Human Security”」を京都大学稲盛財団記念ホールで開催しました。

本拠点が招聘したAnn Goldシラキュース大学教授や、アントニサーミー・サガヤラージ本拠点共同研究員が研究発表を行ったほか、三尾拠点代表及び杉本拠点副代表がパネル司会者をつとめました。

「第1回 現代インド地域研究 国際ワークショップ “Human and Environment in Contemporary India: Comparative Historical Perspective”」報告 シンポジウム報告
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日 程:

2009年12月13日(日)

場 所:

京都大学稲盛財団記念ホール

参加者:

三尾拠点代表他、MINDAS拠点共同研究員

内 容:

京都大学拠点の主催により京都大学稲盛財団記念ホールで開催された「第1回現代インド地域研究国際ワークショップ“Human and Environment in Contemporary India: Comparative Historical Perspective”」に三尾拠点代表他のMINDAS拠点共同研究員が参加しました。三尾拠点代表は、コメンテーターをつとめました。

「『現代インド地域研究』2009年度全体集会」報告 シンポジウム報告
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日 程:

2009年12月5日(土)、6日(日)

場 所:

京都大学稲盛財団記念ホール

報告者:

三尾拠点代表、杉本拠点副代表

内 容:

京都大学稲盛財団記念ホールで開催された「『現代インド地域研究』2009年度全体集会」  に国立民族学博物館拠点として参加しました。

三尾拠点代表(「『宗教:運動と変容』に関する予備的考察:ヒンドゥーを例として」)及び杉本拠点副代表(「環流する文化とナショナリズム」)が研究発表を行いました。

「MINDAS プロジェクト2 第2回研究会」報告 研究会報告
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日 程:

2009年11月9日(月)

場 所:

国立民族学博物館4階第1演習室

報告者:

杉本拠点副代表、寺田拠点構成員

内 容:

午後3時からプロジェクト2(「文化」班)単独の研究会を開催し、杉本拠点副代表(現代インドの映画とファッションの動態とナショナリズム)、寺田拠点構成員(グローバル化する南インドの古典音楽)の研究報告とそれに基づく討論が行われました。

「MINDAS プロジェクト1 第2回研究会」報告 研究会報告
■ 一覧

日 程:

2009年11月7日(土)

場 所:

国立民族学博物館3階MINDAS事務局

報告者:

三尾拠点代表、杉本拠点副代表

内 容:

午後2時からプロジェクト1(「宗教」班)単独の研究会を開催し、本プロジェクトについて取り上げるべきトピックの選定について討論を行いました。

「『現代インド地域研究』2009年度全体集会」報告 研究会報告
■ 一覧

日 程:

2009年6月14日(日)

場 所:

国立民族学博物館4階第1演習室、同 3階MINDAS事務局

報告者:

三尾拠点代表、杉本拠点副代表他、MINDAS拠点共同研究員

内 容:

午後1時半からプロジェクト1(「宗教」班)、プロジェクト2(「文化」班)合同で研究会を開催し、拠点の今後の研究運営方針について意見交換を行いました。その後、「宗教」班、「文化」班に分かれ、それぞれのプロジェクトごとの長期計画、年度計画について検討しました。

 

 

 
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