国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

ペー族文化国際学術シンポジウム

横山廣子

2012年7月1日~2012年7月4日 (中国)

ペー族の公表された最新の中国国内総人口は約193万人(2010年)に上る。唐代に雲南の大理盆地を都として栄えた南詔国、続く宋代の大理国の末裔と言われ、近年でも100万人以上が雲南省大理白族自治州に集中して居住する。ところが、雲南省大理から遠く離れた湖南省桑植県で1984年にペー族4万人余りが、宋代にモンゴル勢力によって大理国が倒された後、モンゴル軍に参加して遠征した人びとの子孫だとして、国家の認定を受けた。つまり、歴史を700年遡っての民族の認定が行われた。その後、当県では漢族や土家族として登録していた人びとが民族的帰属をペー族に変更する事例が増加し、2000年の桑植県のペー族人口は9万5000人を超えた。大理白族自治州以外の全国の県の中で、最も多数のペー族が居住する地域となっている。

ペー族は南詔時代から中国文化を受容し、明代以降は科挙及第者を輩出してもいる。今日では全国的にさまざまな職種で活躍し、その人口の分布は各地に及んでいる。現在、特に人口が集中しているのは、南詔・大理の中核地域であった大理州と、南詔・大理の領域内の周縁部であった貴州省内のいくつかの地区、そして南詔・大理の領域外にあった桑植県を含む湖南省北部である。全国的に見て、桑植県を中心とするペー族は、特異な存在と言える。

80年代初頭に行われた湖南省のペー族の民族識別は、80年代前半に中国で行われた一連の民族識別における典型事例の一つとして注目に値する。また、その後、今日に至るまでの湖南省ぺー族の文化発揚・復興・再創造のプロセスも興味深い。

私の論文では、まず、80年代の民族識別の根拠とされた歴史的資料、民族集団名称、言語、その他の文化的特徴のうち、後者3点に関して指摘された大理との共通性について、決定的な根拠とするには問題点が残ることを考察した。同時に、桑植県のペー族の民族的帰属の変更が成功した背景には、省内の民族識別において先行した土家族の問題の存在、土家族問題にも関与しつつ、ペー族の民族識別を牽引した中心的人物の存在が重要であったと指摘した。この報告に対しては、他の報告には見られなかった反響があった。今後、報告時点では省いた詳細な論拠を加えて、最終稿を完成させる予定である。