国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

研究会・シンポジウム・学会などのお知らせ

2010年10月30日(土) ~10月31日(日)
《機関研究成果公開》映画会&国際シンポジウム「エル・アナツイの世界」

「大量消費社会」、「ポストモダン社会」の到来と言われるようになって久しい。機械やロボットによるモノの大量生産が可能になった今日、これまで人間とその社会を動かしてきた「欠乏」や「発展」などのことばは遠い過去のものになった。世界中が工場になったことから、生産はつねに消費を上回り、どのようにして消費者の購買意欲をかきたてるのかが産業システムの最大の課題になっている。デザインや形象や物語が自由に切り取られて商品に付加された結果、無数の記号が元来のコンテクストを離れて浮遊するようになっているのが、現代という時代の大きな文化的特徴である。

J.ボードリヤールやF.ジェイムソンは今日の世界を以上のように描いているが、とすればミュージアムはそのどこに位置づけられるのか。しばしば擬古典調の大仰なファサードをもち、膨大な資金の投入によって、特定の場所に建設されるミュージアムは、脱コード化した記号が自由に戯れるポストモダンの世界と相反するものではないだろうか。

ミュージアムの出発点は、フランス革命によって用済みになったパリのルーブル宮を、キリスト教会や貴族の館から収奪したモノを展示するための場として活用したのが最初だとされている。であれば、それは教会や貴族の家の儀礼に分かちがたく結びついていたモノを、脱コンテクスト化した上で、すべてが評価と流通の対象になる新たな場へと追いやったということである。W.ベンヤミンのいう「礼拝価値」から「展示価値」への移行であり、モノは固有のコンテクストや人間との結びつきから切り離されて、人間の自由な操作の対象=商品となる一方で、その一部には絶大な価値が付与されて崇拝対象とされた。モダンの時代がもたらした人間とモノとの新たな関係を目に見えるかたちで示したのが、ミュージアムという制度であった。

このとき、脱コンテクスト化されたモノの評価のために作りだされたのが、美術史、歴史学、民族学などの学問分野であった。なるほどそれらの学問分野は固有のミュージアムをもち、それぞれに異なる役割を与えてきた。国民国家とその歴史を称揚するための歴史博物館、国民のもつ創造的能力を美のかたちで示す国立美術館、そして国家の支配能力を誇示するための民族学博物館。K.ポミアンが言明したように、ミュージアムとはまさしく国民国家のカルトの場であり、すべてのモノを評価し流通させる資本主義とそれを支える国民国家が生んだモダンの制度以外のものではなかったのである。

であれば、以下の問いが問われるのは必至であろう。ミュージアムがモダンという時代に特有の装置であったとすれば、ポストモダンといわれる今日、その歴史的使命は終わったのか。それとも、ミュージアムはポストモダンの時代に対応した新たな役割を担うことが可能なのか。その役割とは何であり、どうすればその役割を作り出すことができるのか。

これらの問いを問う上で、エル・アナツイのアートの世界は格好の出発点になるであろう。使われなくなった廃材やボトルキャップを活用して壮麗な作品に仕立てるかれの作品世界は、私たちが自明のものとしてきたアートと器物、伝統と創造、個と集団などのカテゴリーを大きく揺さぶっている。しかもかれの作品は、「あてどなき宿命の旅路」をはじめとして、アフリカの心象風景と多くのアフリカ人が経験してきた歴史的過去とを独自の仕方で結びつけるものである。そうしたかれの作品は、これまでミュージアムを支えてきた美術史や歴史学などの学問体系にいかなる問いを投げかけているのか。彼の作品から出発し、彼の作品に沿って考えることで、私たちは旧来の知の体系を掘り崩し、新たな知を生み出すことはできないのか。

本シンポジウムは、国立民族学博物館機関研究「モノの崇拝」プロジェクトの一環として、2010年10月30日、31日の両日、国立民族学博物館で開催される。その詳細は別紙のチラシにあるが、2日のシンポジウムを通して以上の問いを考えたい。

チラシダウンロード[PDF:1.2MB]

 

映画およびシンポジウム

  • 日 時:2010年10月30日(土) 13:30~16:30
  • 場 所:国立民族学博物館 講堂
プログラム
13:30~14:30 映画「エル・アナツイのアート:叩く・ぶつける・折り曲げる」(Susan Vogel 作)
14:45~16:30 討論会「エル・アナツイの世界」英語、同時通訳付き発表者
シルベスター・オベチエ(カリフォルニア大学 教授)
スーザン・ヴォーゲル(ニューヨーク大学 教授)
水沢勉(神奈川近代美術館 副館長)
 

国際シンポジウム「アート・表象・世界――彫刻家エル・アナツイのアフリカ展に即して」

  • 日 時:2010年10月31日(日) 10:00~17:00
  • 場 所国立民族学博物館 第4セミナー室
プログラム
10:00~10:10 竹沢尚一郎(国立民族学博物館)「趣旨説明」
10:10~10:50 川口幸也(国立民族学博物館)「アートを超えて-エル・アナツイが拓く地平」
10:50~11:30 シルベスター・オベチエ(カリフォルニア大学)「エル・アナツイとアフリカの表象」
11:30~13:00 昼食
13:00~13:40 スーザン・ヴォーゲル(ニューヨーク大学)「エル・アナツイのアートの技法」
13:40~14:20 竹沢尚一郎(国立民族学博物館)「歴史についての言及――アーチストと歴史家の視点」
14:20~15:00 稲賀繁美(国際日本文化研究センター)「ブリコラージュ――Scraptureに向けて」
15:20~17:00 コメント及び総合討論 使用言語は英語