国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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2006年7月8日(土) ~7月9日(日)
研究フォーラム「口頭伝承と文字文化―日本の民俗社会における知識と情報の伝承」

  • 日時:2006年7月8日(土) 13:00~ / 7月9日(日) 10:00~
  • 場所:国立民族学博物館 大演習室
 

趣旨

平成15~17年度、共同研究「口頭伝承と文字文化―日本の民俗社会における知識と情報の伝承」を実施した。日本では古くから、知識人や支配者層に止まらず庶民レベルでも文字の使用が認められ、その傾向は近世・近代と一層増大してきた。こうした状況を踏まえて、本研究では、従来の口頭伝承重視の民俗文化の理解に代わる、口頭伝承と文字文化の相互関係によって形成され、伝承されてきた知識や情報としての民俗文化という新たなかたちの理解の構築を目指して議論を重ねてきた。

その結果、(1)メディア:メディアとしての文字・文書、メディア状況と文字・文書、(2)(地域)社会:文字・文書を保持・管理する共同体としての(地域)社会、(3)歴史:文字・口頭伝承と歴史(認識・意識・知識)の形成、(4)日本の近世~近代の民俗社会や民俗文化に関する歴史研究以外の様々な方面への議論の拡張・応用の可能性の、4つの論点に問題関心を収斂させるに至った。

それを受けて、現在、その4つの論点を基本的な枠組みとする論集の作成を進めているが、論集全体としてそれらの論点をより明確に示すためには、それぞれが執筆する内容を予め相互に理解する必要が生じた。更に、近代のメディア状況と口頭伝承・文字文化の関係など、検討が十分ではなかった問題が若干残されていることも判明した。そこで、これらの点について議論を行い、共同研究の成果の公開としてのよりよい論集の作成を目指して、共同研究員を中心とした研究フォーラムを開催したい。

プログラム

7月8日(土) 午後1時 ~ 午後6時
1.問題提起
小池淳一 「<声>からみた文字」
2.メディア (1) メディアとしての文字・文書、メディア状況と文字・文書を巡って
大島建彦 「疫神と呪符」
小池淳一 「狐狸の書・神々の帳面―書記行為の民俗をめぐって―」
宮内貴久「普請と呪い歌-書き伝えること・君が代-」
井上智勝 「近世の易占書 『天文秘伝集説附證歌』」
3.地域社会 文字・書物の共同体としての(地域)社会
山本英二 「近世後期村役人にみる文字文化と口頭伝承」
青柳周一「近世における地域の伝説と旅行者―「四国巡礼略打道中記」を中心に―」
笹原亮二 「巻物のある風景 -三匹獅子舞の上演に用いられる文書類の諸相-」
4.歴 史 (1) 文字と口頭伝承と歴史(認識・意識・知識)の形成
川島秀一 「「浮鯛抄」をめぐる文字と口頭の伝承」
榎美香 「由緒書を求める心性 -髪結職由緒書の形成と展開-」
久野俊彦 「郷土誌・郷土誌家と伝説集の成立 -栃木県を例に-」
7月9日(日) 午前10時 ~ 午後3時30分
1.歴 史 (2)・メディア (2) 文字と口頭伝承と歴史(認識・意識・知識)の形成
西田かほる「楯無鎧をめぐる伝承の実体化」
横田冬彦 「『節用集』付録の成立」
2.口頭伝承と文字文化の周辺 口頭伝承と文字文化の議論の射程
長崎伸仁 「「日本語の乱れ?!」考-現代の「若者言葉」の動態を巡って-」
西尾哲夫 「江戸のアラビア文字 -藤田幽谷・藤田東湖著『群書抄出 万国文字攷』
(国立民族学博物館所蔵)の文字情報の由来について-」
小田淳一 「疫神の呪符に関する情報学的アプローチの試み-GISを用いて」
3.まとめ
笹原亮二 「生活(文化)史の研究の方法と資料論の構築に向けて」
4.コメント・討論
真鍋昌賢 (大阪大学大学院)
菊地暁 (京都大学人文科学研究所)
弓削正己 (奄美郷土研究会)
・プログラム中、「」印が付いている方は論文での参加で、当日は報告を代読致します。
 

成果報告

両日の参加諸氏の報告を通じて、以下のような問題について、議論を深めることができた。

第一の論点「メディア」に関しては、疫神の呪符・番匠巻物・易占書・刊本といった文字テキスト類が、様々な種類・性格の知識や情報、信仰的・呪術的な観念や心意を広範に流通させるメディアとして機能してきた実態と、文字テキストのメディアとしての機能の発現の前提となる識字能力に対する人々の民俗的なイメージについて。

第二の論点「地域社会」に関しては、地域社会の人々と、地域外から訪れる人々やほかの地域の人々との間で生じる様々なかたちの接触・交流を通じて、口頭で伝承されてきた知識や情報が文字化され、それを通じて人々の地域認識が形成されてきた様相と、同一の形式・内容を有する文字テキストの流通や受容・定着を通じた地域社会の再編成について。

第三の論点「歴史」に関しては、口頭伝承が文字テキストとして実体化されることで、内容が歴史的な事実か否かにかかわらず、自らや、自らが属する地域社会や集団の由緒来歴を物語る証拠として、一定のリアリティを獲得するに至る経緯について。

第四の論点「様々な方面への議論の拡張」に関しては、上述したような諸問題を、一定の普遍性を有する文字や文字テキストと、地域的・歴史的な差異に呼応したかたちで個別性が認められる音声言語や社会との関係という、より一般化した議論として展開していくための補助線として、計量文献学・言語情報学・国語教育といった視角を用いることの可能性・有効性について。

以上の議論に加えて、異なる歴史的・文化的背景を有しながら文字としての日本語と関わってきた奄美・沖縄を初め、各地域社会毎の歴史的・文化的な多様性が存在する中で、口頭伝承と文字文化の関係を「日本の民俗社会」という枠組みで一元的に論じることの有効性や限界、更には、法律や経済・交通・郵便などの様々な社会的なシステムが、中央集権的に全国一律に整備され、適用されていった明治以降の近代的な状況の中で、この共同研究や今回のフォーラムにおいて論じられてきたような、前「近代」的ともいえる民俗的な口頭伝承と文字文化の関係がどのような経緯を辿ったか、またそれが、ケータイやメールに代表される文字と声が錯綜する現在の民衆的な知識・情報環境の出現と繋がるのか、繋がらないのかといった問題の所在も明らかになった。

会議の様子 会議の様子
会議の様子 会議の様子