国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

社会主義的近代化の経験に関する歴史人類学的研究

研究期間:2006.4-2009.3 / 研究領域:人類学的歴史認識 代表者 小長谷有紀(研究戦略センター)

研究プロジェクト一覧

研究の目的

並行的に推進していた共同研究会を国際的に展開する目的で本機関研究を推進した。まず、2008年12月に国際会議「Oral Histories of Socialist Modernities―Memories and Lived Experiences in Central and Inner Asia」をケンブリッジ大学社会人類学部ならびに同大学モンゴル・内陸アジア研究所との共催でケンブリッジ大学で実施した。当該会議での発表原稿については討論の結果をふまえて各自が論文を作成し、Inner Asia 誌に投稿した。すべての投稿原稿は査読を経て改稿作業が行われ、現在、Inner Asia の特集として印刷中であり、近日中に刊行される。続いて、2010年3月に第2回めの国際会議「Ideals, Narratives and Practices of Modernities in Former and Current Socialist Countries」を本館で実施した。当該会議での発表原稿については討論の結果をふまえて各自が論文を作成し、当館の研究報告に投稿されるように促している。
なお、これらの実施にあたっては、人間文化研究機構の募集する総合推進事業に応募し、2008年度にはケンブリッジ大学への派遣費用を、2009年度(2010年)にはケンブリッジ大学社会人類学部のスタッフ等の招聘費用を捻出した。
以上の2つの国際会議はいずれも一般向けではなく、小規模な研究集会ではあるが、活発な議論が交わされた。以下のような諸点が議論され、今後の研究の焦点となるだろう。

  1. 語りの政治性:社会主義のもとでは正統な歴史(大文字の歴史)に対して口述史が対抗的なものとして一般的に措定されうるが、抑圧的状況が現在もなお維持されている中国および中国の中のチベットといった現役の社会主義諸国では、政治的状況に応じて語りが変化する。
  2. 語りの非政治性:語る個人にとって、過去の実態に対する評価は固定化しているわけではなく、文脈依存的に変化するので、公式な理解も非公式な理解も共存しうる。
  3. 理念の残存性:明確に社会主義が終焉した場合においても、社会主義時代に培われた価値観が日常生活や心性に刻印されているために、表面的な活動がたとえ大幅に変容しても、経験された価値観が残存している。
  4. 社会主義の物質性:都市や建築は、社会主義的近代化が明確に可視化されているために、社会主義的近代化を国際的に比較するうえで恰好の素材である。とくに社会主義が名目上終焉していても、その手法が残存しているために、政治的なナラティブが以前として物質に表現される。
  5. 現在の実践から過去の価値を捉えること:ポスト・ソビエト時代を捉える切り口として、人々の実態的な移動あるいは移動性(想起される移動)が重要であるにもかかわらず、その研究はまだ非常に少ない。
研究成果公表計画及び今後の展開等

国際会議を通じて本機関研究と類似のプロジェクトを推進している研究機関との比較研究を行うことができ、その成果を共同で学術雑誌の特集号として発行することができたInner Asia2010(vol.12-1)(印刷中)。 
ケンブリッジ大学社会人類学部はモンゴル内陸アジア研究所を併設しており、モンゴル研究の国際的な拠点であるため、今後も共同研究を進めていくことが可能である。本機関研究では、すでにそれぞれ進行させていた類似のプロジェクトを比較するという視点で共同したが、今後は新たな研究プロジェクトの立ち上げのために、まずプロジェクト形成が必要である。本館の機関研究テーマ「包摂と自律」「マテリアリティ」と当該機関の基幹研究テーマ「資源」「親密さ」「ガバナンス」が異なるために、十分な検討期間を要する。

2008年度成果
研究実施状況

本年度は、12月16日および17日に、ケンブリッジ大学モンゴル内陸アジア研究所MIASUにおいて「社会主義的近代化に関する口述史」をめぐる国際ワークショップ"Oral Histories of Socialist Modernities: Memories and Lived Experiences in Central and Inner Asia" をケンブリッジ大学社会人類学教室と共催した。モンゴルおよび中央アジア、シベリア、チベットなどの地域における社会主義的近代化に関する口述資料を収集しているプロジェクトもしくは個人がその成果を持ち寄り、方法論の比較や実態の比較を行った。
この国際ワークショップの発表準備は、共同研究会の枠組みを利用して国内研究会として実施した。また、人間文化研究機構の総合推進事業(国際連携)に応募して得た資金を、中央アジアからの研究者の参加費用と英文校閲費用並びに口述資料の英文翻訳に充当した。

研究成果概要

国際ワークショップでは14件の発表が行なわれた結果、以下のようなことが明らかとなった。理論面では、社会主義研究と記憶研究の両領域間の関係性が議論されたほか、社会主義が終了していない中国では、口述史の政治的利用や、政治環境の変化にともなって口述内容が変容するなどの政治性が指摘された。方法論では、リーダーの語りと自伝の差が指摘されたほか、一般人の語りによる多様性が明示された。口述される内容面では、近代化に伴って、非近代的な、あるいは伝統的な側面が、消失する場合、ナショナリズムとともに強化される場合、ナショナリズムをともなわずに持続する場合など、事象によって近代化の影響が一様でないことが示唆された。
このように、「後期」社会主義圏すなわち社会主義が現在も維持されている体制においては、同一人物による口述内容が変化することや口述史が政治的に利用されることなど、口述史と政治との関係に焦点があてられて問題が先鋭化した。一方、旧社会主義圏では、ポスト社会主義時代を迎えたという利点を活用することによって、(1)正当な歴史と個人のライフヒストリーを一致させる経験譚が明らかになること、(2)正当な歴史が抑圧してきた貴重な史実を掘り起こすことができること、(3)一般の人びとの日常生活においては正当な歴史認識からの影響が見られない場合もあること(例えばレーニン像のレーニンを知らないなど)という3つの側面が明らかとなった。

公表実績
  1. 上述の国際ワークショップの議事次第については、ネットですでに公開している。
  2. 論文の詳細については、ケンブリッジ大学MIASUが発行する国際学術雑誌Inner Asia誌において特集号が編集される予定である。現在、編集準備中である。
    この編集作業のための費用として、機関研究の延長を申請している。また、この編集までのあいだに第2回国際ワークショップを日本で開催する費用を人間文化研究機構の総合推進事業(国際連携)に継続申請している。
  3. みんぱく通信125号で「経験された社会主義」として特集される(現在編集作業中)。
2007年度成果
研究実施状況

上半期は、共同研究会の枠組みを利用して、ベトナムやラオスの事例について集中的に議論しておき、比較研究の素地を用意し、夏期は科研等による海外出張を実施し、資料収集、現地調査に努めた。新たに外国人客員教員を迎えたので、これまでに行ってきた中国内蒙古自治区における民族文化に関する行政についての議論を整理し、とりまとめについて可能性を探った。
また、次年度に海外で国際シンポジウムを行う可能性を探るために、打ち合わせ会議を3月2日に行う予定である。

研究成果概要

モンゴルについては、インタビューを書き起こし、翻訳し、口頭資料を作成した。その分析から以下のようなことが明確となった。
1)当事者の革命以前の社会的地位に応じて、社会主義時代に対する評価が異なる。2)近代化の諸制度の整備を遺産として積極的にプラス評価する貧困層と、全体主義による抑圧を積極的にマイナス評価する貴族層とに大分される。3)そうした立場による違いを超えて、社会主義時代の抑圧の象徴としてチンギスハーンが言及され、支配的言説となっている。4)政治闘争に関するインタビューからは、そうした支配的言説が必ずしも史実に基づかないことが示唆される。
すなわち、社会主義時代に対してポスト社会主義時代から与えられる言説については、対立的言説の社会分布構造や支配的言説の浸透度などが析出されることを意味している。これらを比較することによって中央アジア諸国の社会的様相の差異が明示化されるだろうと推測された。過去に関する「語り」は、公式文書から隠された過去についてその内容をもたらすばかりでなく、現在を定位する秤として利用することができるのである。

公表実績
出版
●小長谷有紀編著
『モンゴル国における20世紀(2)社会主義を闘った人びとの証言』 国立民族学博物館SER71号 2007年
●Yuki KONAGAYA & I. Lkhagvasuren (edits.)
The Twentieth Century in Mongolia(2)Political Life in Socialist Mongolia (in Mongolian), National Museum of Ethnology, SER72, 2007
2006年度成果
研究実施状況

過去に実施した国際シンポジウムのとりまとめと今後の可能性について検討する打ち合わせをおこなった。
これまで進めてきた、モンゴル国の科学アカデミーの基礎を築いた地理学者シムコフの資料集成を作成し、その大部をSER66号、67号として刊行した。この刊行を機に、資料の意義について発信する国際シンポジウムをおこなった。
これまで収集してきた口頭資料のうち「政治闘争」に関するものを編纂しおえ、来年度に刊行される予定である。

研究成果概要

今日、世界各地で見受けられる政治的運動は、一元的な市場経済化に反発するという側面を強く有しており、これは人類史における社会主義の実態的喪失を反映している。そうした現在的意味から、「近代化過程」に関して「社会主義的」という限定をもうけて歴史人類学的にアプローチする。「社会主義的」な近代化過程では「階級闘争」が強く意識化されていたために、その研究においても「闘争性」に焦点があてられることになる。
本年度は、こうした問題点を検討する打ち合わせをおこない、資料集を刊行し、刊行した資料集に関する国際シンポジウムをおこない、国際的に「社会主義的近代化(Socialist Modernization)」という切り口の意義を発信した。この概念は、普遍的な意義をもちうる学術的な造語であり、オリジナリティはきわめて高いと思われる。

公表実績
  1. 打ち合わせの研究会を含めてすべてホームページ上に公開している。
  2. 2007年2月25日に実施した公開シンポジウムについてはプログラムをホームページ上に公開している。また、シンポジウム参加者によって各種学会誌への報告が予定されている。
  3. 関連する出版として、SER66号、67号があり、これらの内容についても概要がホームページ上に公開されている。
●国際シンポジウム「モンゴル国における社会主義的近代化 ─ シムコフ資料の再評価から」(2007年2月25日)
《国際シンポ打ち合わせ(2006年7月12~18日)》
昨年度実施したシンポジウムの成果を活用するための打ち合わせを実施した。2005年6月19日に国立民族学博物館で開催した国際シンポジウム「辺境のモダニティ」において、中国の革命論で有名なマーク・セルデン氏は、中国における現代の変容過程を近代化革命論の延長として理解する枠組みを提起した。しかし、この問題提起を受けて実態的に議論を進めるには、まず何よりも、社会主義のイデオロギーが強く支配していた近代化過程について再検討する必要がある。
今回の打ち合わせによって、「近代化」について「社会主義的」であることの特徴を「闘争性」として明確にし、その「闘争性」に迫る方法論を共有化し、その実態を「文化政策」部門で確認するための幾つかの切り口を設定した。問題意識を共有する人材やテーマについての諸意見を整合させることができた。
日程的には、今年度は新しく認められた共同研究「社会主義的近代化の経験に関する歴史人類学的研究」の枠組みのもとで共同研究会を数回開催し、中央アジアおよびシベリアにおける旧ソ連に関連する研究成果について知見を獲得したのち、本年度末に拡大研究会を開催して来年度冬季に国際シンポジウムを開催することとした。
●民博共同研究「ポスト社会主義における民族学的知識の位相と効用」との協力関係構築のための研究打ち合わせ(2006年7月22~23日)
平成18年7月22日に、佐々木史郎と木村美希を東京大学大学院総合文化研究科文化人類学研究室に派遣し、高倉浩樹、渡辺日日と研究打ち合わせを行った。また、その後民博共同研究「ポスト社会主義における民族学的知識の位相と効用」の研究会の討論に参加した。
共同研究「ポスト社会主義における民族学的知識の位相と効用」の主要メンバーに機関研究プロジェクト「社会主義的近代化の経験に関する歴史人類学的研究」の趣旨説明を行い、協力への理解を得た。
ロシア極東、東シベリア、西シベリア、南シベリアのロシア、シベリア地域の各専門家が集まることにより、社会主義時代のシベリア先住民族の状況についての情報交換ができた。
共同研究会の討論に参加することで、東欧における社会主義時代の状況、ポスト社会主義の状況に関する情報に接することができた。 これらの結果、機関研究のプロジェクトの進め方の方向性が見えてきた。