国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

支援の人類学:グローバルな互恵性の構築に向けて

研究期間:2009.10‐2013.3 / 研究領域:包摂と自律の人間学 代表者 鈴木紀(先端人類科学研究部)

研究プロジェクト一覧

研究の目的

[img]経済のグローバル化にともない、新たな社会関係の再編が求められている。従来の福祉国家モデルから排除された人々を包摂し、自律的な生活を保障するためには、どのような社会を構築したらよいのだろうか。他方、情報のグローバル化にともない、ある地域に住む人々の窮状は世界の人々に伝達され、さまざまな協力活動が生まれている。本研究では、現代世界を排除と包摂の動的な過程として把握し、その過程を読み解くキーワードとして「支援」に着目する。グローバル化の弊害に対するさまざまな支援活動を民族誌的に比較検討しながら、地球規模の互恵性の在り方を構想することが、本研究の目的である。

 
研究の内容

本研究は、「支援の人類学」の理論、実践、両面にわたる総括的研究、および個別の支援活動をテーマとする各論研究より構成される。

総括研究は、「グローバルな互恵性の構想」と「支援のための実践人類学」からなる。前者において重視するのは、第1に、排除の原因としての文化の差異、包摂と自律の結果としての文化間交渉である。第2に、包摂と自律を一国家内部の課題としてだけでなく、国境を超えるグローバルな課題として位置付ける点である。この結果、本研究では、包摂と自律を促す支援活動において、支援者と被支援者の間の文化的差異がどのように意識され、交渉され、グローバルな規模での経験となっていくのかを問うことになる。後者は、グローバル化時代の応用/実践人類学を展望するものである。これまで国立民族学博物館でおこなってきた実践人類学の成果を踏まえ、現代に求められる実践的な人類学、あるいは人類学的支援、の方法を提示する。

各論研究で扱うのは、1.フェア・トレード、2.国際協力ボランティア、3.ウェルビーイングとケア、および4.無国籍者支援などに関連する支援活動である。

2012年度成果
◇ 今年度の研究実施状況
  1. 平成24年6月23日、第46回日本文化人類学会研究大会(広島大学)の分科会の形で、「グローバル支援の人類学:支援研究から人類学的支援へ」ワークショプを開催した。ワークショップでは、プロジェクトリーダーの鈴木紀の趣旨説明に続き、岸上伸啓(国立民族学博物館・研究戦略センター)「カナダにおける都市先住民イヌイットをめぐる支援活動」、関根久雄(筑波大学)「人類学的評価という協働:ある『支援』の試み」、白川千尋(国立民族学博物館・民族文化研究部)「青年海外協力隊をめぐる支援活動」、鈴木 紀「フェアトレードの『支援の言説』と人類学的支援」、および陳天璽(国立民族学博物館・先端人類科学研究部)「日本における無国籍者をめぐる支援活動」の5つの研究発表を行なった。これに対し亀井伸孝(愛知教育大学)と清水展(京都大学)がコメントした。会場には約50名の参加があった。
  2. 平成24年12月15日、国立民族学博物館にて国際ワークショップ「グローバル支援のための実践人類学:研究と実践のキャリア・プランニング」を開催した。鈴木紀の趣旨説明の後、リオール・ノラン(パデュー大学)「Practicing Anthropology: Challenges, Rewards, and Career Planning(実践人類学:挑戦、報酬、キャリア・プランニング)」、佐藤峰(JICA研究所)「当事者の声を反映させる小さな仕組み作り:開発実践・援助実務・学際研究での試み」、福武慎太郎(上智大学)「日本の国際協力NGOの課題と未来:東ティモールにおけるNGO活動の経験から」、藤掛洋子(横浜国立大学)「国際協力の実践と研究の往還を超えて:パラグアイとの20年間の関わりを振り返る」の4つの発表をおこなった。最後の総合討論では、参加者との質疑応答が行われた。参加者は41名。
  3. 成25年3月21日、第73回応用人類学会(Society for Applied Anthropology)(米国コロラド州デンバー市)の分科会の形で、国際ワークショップ「グローバル支援の人類学:どのように市民社会間に互恵的絆を育むか?(Anthropology of Global Supporting: How Can We Forge Reciprocal Bonds between Civil Societies?)」を開催した。鈴木紀の趣旨説明の後、岸上伸啓(国立民族学博物館・研究戦略センター)「カナダ都市部のイヌイット・ホームレス:モントリオール調査の結果から(Homeless Inuit in Urban Centers of Canada: Results from Montreal Research)、陳天璽(国立民族学博物館・先端人類科学研究部)「無国籍者の調査と支援:人類学の役割(Research and Support of Stateless People: The Role of Anthropology)」、内藤直樹(徳島大学)「長期滞在するソマリア難民と地元ケニア人コミュニティとの社会経済的関係:下からの平和構築に学ぶ(The Socioeconomic Relationships between Somali Protracted Refugees and Host Communities in Kenya: Lessons from Peace Building Practices from Below)」、鈴木紀「フェアトレード観光:市場主導の倫理的消費からグローバル市民間の倫理的出会いへ(Fair Trade Tourism: From Market-Driven Ethical Consumption to Ethical Encounter between Global Citizens)」の4つの発表をおこなった。
◇ 研究成果の概要(研究目的の達成)

本年度は最終年度にあたり、これまでの各論研究に関する成果を踏まえつつ、総括研究「グローバルな互恵性の構想」と「支援のための実践人類学」に関して検討を進めた。6月23日のワークショップでは、人類学的支援(人類学者ならではの支援活動への貢献)とはなにかをめぐって議論した。フィールドワーク、文化相対主義、民族誌などの人類学の方法論を支援のツールとして活用すること、調査と支援の不可分性、および長期にわたる情報提供者との付き合いの重要性などの論点が指摘された。12月15日の国際ワークショップでは、実践人類学者(支援活動を専門に行う人類学者)に焦点をあて、そのためのキャリア形成の方法と、実践人類学者の役割としての「異文化」間翻訳・実務批判・学術的研究への貢献等について議論した。3月21日の国際ワークショップでは、「グローバルな互恵性」を市民レベルで育むきっかけとなる支援活動を「グローバル支援」と名付け、その意味として、他国の人を支援すること、他国の人とともに支援すること、構造的貧困・移住・人権等いわゆる「グローバル問題」の解決にむけて行う市民運動の3点をあげた。そして4つの事例報告を通じて人類学的研究がグローバル支援に寄与する実例を提示した。

◇ 機関研究に関連した成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)
  1. 上記第5項の今年度の研究実施状況でのべた3回のワークショップ、および
  2. 鈴木紀「機関研究のアウトリーチ―みんぱくワールドシネマの試み」民博通信138号:2-7, 2012年
  3. 鈴木紀「人類学的支援とは」民博通信140号:10-11, 2013年
2011年度成果
◇ 今年度の研究実施状況
  1. 平成23年11月5日、国際シンポジウム「グローバル支援の時代におけるボランタリズム―東南アジアの現場から考える」を国立民族学博物館にて開催した。白川千尋が責任者となり、コリン・ニコラス氏(COAC: Center for Oran Asli Concerns)、アドリアン・ラシンバン氏(TONIBUNG)、綾部真雄氏(首都大学東京)らをゲストに、マレーシアとタイの先住民族支援とボランティア活動、およびそれらへの文化人類学者のかかわり方いついて議論した。館内からは信田敏宏准教授が発表、宇田川妙子准教授がコメントを行った。
  2. 平成24年3月24-25日、国際シンポジウム「グローバルな倫理的消費:フェアトレードの新展開」を国立民族学博物館にて開催した。鈴木 紀が責任者となり、マルコ・コシオネ氏(民主主義と開発のための世界基金)、ピーター・ルチフォード氏(サセックス大学)、サラ・ベスキー氏(ウィスコンシン大学)、渡辺龍也氏(東京経済大学)らをゲストに、フェアトレード(公正な貿易)商品を購入することがどの程度「倫理的消費」といえるか、消費者はフェアトレードについて何をしるべきか等について討議した。
◇ 研究成果の概要(研究目的の達成)

本年度は研究3年目にあたり、第1の研究目的、すなわち地球規模の支援活動の民族誌的研究に該当する2回の研究会を進めている。それらはフェアトレード、および国際協力ボランティアについてである。いずれも国際シンポジウムの形をとり、国内外の研究者・実践者の意見交換を促進しながら、事例比較の形で展開している。これは本研究の各論研究に相当するものである。また11月5日に実施した国際シンポジウムでは、第2の研究目的である、人類学者の支援活動への関与という問題もとりあげ、先住民族支援NGOとの情報共有や、先住民族の文化復興活動への関与など、研究と実践的な活動との接点が提示された。

◇ 機関研究に関連した成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)
  1. 上記第5項、今年度の研究実施状況でのべた2回の国際シンポジウム
  2. 鈴木紀「「支援の人類学」の再提示:東日本大震災を経験して」民博通信136号:8-9, 2012年
2010年度成果
◇ 研究実施状況
  1. 2010年11月7日、国際シンポジウム「希望社会への道―スウェーデンと日本におけるウェルビーイングの思想と市民社会―」を国立民族学博物館にて開催した。鈴木七美が責任者となり、エヴァ・ジョブソン・グラスマン氏(スウェーデン国立高齢化高齢期研究所)と宮本太郎氏(北海道大学)をゲストに、少子高齢化社会における人々のウェルビーイングに向けて市民社会の役割を日本とスウェーデンの事例を比較しながら議論した。
  2. 2011年2月27日、国際シンポジウム「世界における無国籍者の人権と支援―日本の課題」を国立民族学博物館にて開催した。陳天璽が責任者となり、ブノワ・メスラン氏(フランス難民無国籍保護事務所)、クリタヤ・アーチャバニクン氏(マヒドン大学 人口・社会調査研究所)、阿部浩己氏(神奈川大学)、ボンコット・ナパウンポーン氏(法的人格と人権のためのバンコク法律クリニック)らをゲストに、無国籍者問題の実態と対策を、フランス、タイ、日本の事例を比較しながら議論した。
  3. 2011年3月5日、6日、国際シンポジウム「日常を構築する:アフリカにおける平和構築実践に学ぶ」を国立民族学博物館にて開催。鈴木紀と内藤直樹が責任者となり、5日はナダラジャ・シャンムガラトナム氏(ノルウェー生命科学大学)、シンディ・ホースト氏(オスロ国際平和研究所)、佐藤章氏(アジア経済研究所)、チャールズ・ウケジェ氏(オバフェミ・アウォロウォ大学)らのゲストに、アフリカにおける強制移住と人間の安全保障について議論した。6日は、村尾るみこ氏(京都大学)、眞城百華氏(津田塾大学)、榎本珠良氏(東京大学)、縄田浩志氏(総合地球環境学研究所)、小峯茂嗣氏(大阪大学)、室谷龍太郎氏(国際協力機構)、桑名恵氏(お茶の水女子大学)らの報告をあつめ、アフリカの紛争後経験を地域社会の視点から確認し、そうした状況下にある人々に対する開発援助の在り方を議論した。  この他、2010年11月20日、大学共同利用機関シンポジウム(於:ベルサール秋葉原)にて、本研究に関するパネル展示をおこない、研究の広報に努めた。
◇ 研究成果概要

本年度は研究2年目にあたり、第1の研究目的、すなわち地球規模の支援活動の民族誌的研究に該当する3回の研究会を着実に進めている。それらは少子高齢化社会のとくに高齢者への支援、無国籍者への支援、そして難民や国内強制移住者や帰還者への支援についである。いずれも国際シンポジウムの形をとり、国内外の研究者・実践者の意見交換を促進しながら、日本と他国の事例を比較する形で展開している。これは本研究の各論研究に相当するものである。また3月5-6日に開催するシンポジウムは当初の計画にはなかったが、人間文化研究機構の連携共同推進事業の助成をうけ、開催が実現したものである。

◇ 公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)
  1. 今年度の研究実施状況でのべた3回の国際シンポジウム
  2. 鈴木紀「包摂とグローバルな互恵性」民博通信129号:8-9, 2010年
  3. 鈴木紀「グローバルな助け合いについて考える」月刊みんぱく348号:10-11、2010年
  4. Suzuki, Motoi "The Anthropology of Supporting: Constructing Global Reciprocity". MINPAKU Anthropology Newsletter 31: 8-9. 2010
2009年度成果
◇ 研究実施状況

2009年10月17日に開催された総合研究大学院大学文化科学研究科の学術交流フォーラム(於:国立民族学博物館)で研究代表の鈴木紀がポスター発表をおこない、研究関心を公開した。その後2009年12月21日および23日に、研究成果公開集会開催のための準備会合(於:国立民族学博物館)を開催し、研究メンバー相互で研究関心の共有をはかった。
さらに2010年2月21日には機関研究ワークショップ「支援の人類学の射程」を開催し(於:国立民族学博物館)、鈴木紀が支援の人類学の総論を提示、あわせて鈴木紀、鈴木七美、陳天璽の3名が、支援の人類学の各論研究の概要を報告した。同ワークショップは日本文化人類学会と連携して開催され、同学会の研究者の参加も得て、支援をテーマとする文化人類学的研究の構想をねった。
3月2日、3日には機関研究国際シンポジウム「フェアトレード・コミュニケーション:商品が運ぶ物語」を開催した(於:国立民族学博物館)。「支援の人類学」研究の各論の一つであるフェアトレードに着目し、海外から6名のゲストを迎えて、フェアトレードの現状と今後の課題を話し合った。
また来年度以降の国際シンポジウムの準備会合として、以下の海外出張をおこなった。

  1. 金谷美和 2010年3月7日-12日 カナダ、Charlotte Kwon氏(MAWIA handprints)他を訪問し、ハンディクラフトのフェアトレードに関する研究打ち合わせをおこなった。
  2. 鈴木紀 2010年3月13日-22日 イギリス、Dr. David Lewis (London School of Economics), Dr. Peter Luetchford (University of Sussex)を訪問し、ハンディクラフト、およびコーヒーのフェアトレードに関する研究打ち合わせをおこなった。
  3. 鈴木七美 2010年3月11日-23日 スウェーデン、Dr. Eva-Jeppsson Grassman(Linkoeping University), およびFolkhogskola, ASPLOVET, Fritidsなどの組織を訪問し、高齢者ケア研究の打ち合わせをおこなった。
  4. 陳天璽 2010年3月22日-27日 タイ、無国籍者支援団体を訪問し、情報交換と研究打ち合わせをおこなった。
◇ 研究成果概要

本年度は研究初年度にあたり、第一の研究目的、すなわち地球規模の互恵性形成の展望に関わる研究に着手した。まず「包摂と自律」という機関研究のテーマに関する先行研究をレビューし、1)包摂は社会的排除と対をなす概念であること、2)排除と包摂は主に西ヨーロッパの福祉国家の危機を背景に登場した概念であること、3)それゆえこの概念をアジア、アフリカ、アメリカ地域に適用する研究は比較的少ないこと、4)日本では、主に社会福祉の領域で着目されている概念であること、5)包摂とともに自律について考察する研究は少ないこと、などが明らかになった。
また包摂と自律を促す支援として、本研究では、館内のメンバーの専門を考慮して、フェアトレード、国際協力ボランティア、少子高齢社会におけるケアのネットワーキング、および無国籍者支援を事例として着目していく方針を確認した。

◇ 公表実績
  1. 2009年10月17日、総合研究大学院大学文化科学研究科の学術交流フォーラム(於:国立民族学博物館)における鈴木紀の「支援の人類学」ポスター発表。
  2. 2010年2月21日、機関研究ワークショップ「支援の人類学の射程」(於:国立民族学博物館)。発表者:鈴木紀(民博)、鈴木七美(民博)、陳天璽(民博)。コメンテーター:小長谷有紀(民博)、石井洋子(聖心女子大学)。総合討論司会:白川千尋(民博)。
  3. 2010年3月2日、3日、機関研究国際シンポジウム「フェアトレード・コミュニケーション:商品が運ぶ物語」。3月2日発表者:Ian Bretman(FLO), Claribel David(WFTO), Carmen K. Iezzi (Fairtrade Federation), Jean-Marie Krier (Komment), Bruce Crowther (Fairtrade Foundation)。総合討論司会:鈴木紀(民博)。3月3日発表者:酒井泰広(Fairtrade Promoters),小吹岳志(フェアトレード・サマサマ)、総合討論司会:鈴木紀(民博)