国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

思い出はどこにいくのか?―ユビキタス社会の物と家庭にかんする研究

研究期間:2004.4-2006.3 / 研究領域:新しい人類科学の創造 代表者 佐藤浩司(文化資源研究センター)

研究プロジェクト一覧

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研究の目的
個人の情報さえ自由にあやつるユビキタス社会がやってこようとしている。住宅設備は自動化され、生活用品にはすべて固有の管理情報がつけられて、日常生活の雑務から人は解放される。産業界はそう未来の夢をかたる。けれども、そのとき家庭はどんな姿をみせているのか、人間はどうなっていくのか、じつのところ、誰も明確なイメージをつかめないまま、ユビキタス社会をささえる要素技術の開発は急速にすみつつある。
現代人は大量生産された膨大な物にかこまれてくらしている。私たちは、それらの物を生活用品として利用するだけでなく、さまざまな思い出を物に託して自己の世界をかたちづくってきた。家庭はそうした物を介したコミュニケーションの基地になっている。個人ホームページや自分史の流行、物への偏愛や懐古趣味といった現象は、こうした自己への関心のかたまりをしめすものだ。その理由は生きている意味の解決、神話や歴史にかわる個人の実存への回答(=リアリズム)を現代人はもとめているのではないだろうか?
きたるべきユビキタス社会においても、人間の個性がコミュニケーションのコンテンツの中核をなすことに変わりはないであろう。本研究の目的は、個人の思い出を対象に、物とそれが機能する場である家庭の現状を把握すること、そして、ユビキタス社会の技術の方向性にたいして一定の提言をおこなうことにある。
研究の内容
本研究の基礎資料となるのはつぎのふたつの先行研究である。
(1) CDI(Communication Design Institute)がおこなった生活財生態学:1970年代から数百の家庭を対象として繰り返し行われた家のなかの物の悉皆調査。日本の家庭にある物の数や時代・地域による変遷などにかんする唯一のデータとなっている。
(2) 「2002年ソウルスタイル」の生活財調査:国立民族学博物館でおこなわれた展示のために、韓国ソウルのある家庭のすべての物を調査した。総数1万点あまり。現在は家族の所有するすべての家族写真約3千点の分析がすすんでいる。
これらの成果をベースにしながら、本研究では、現代家庭における「物」のもっとも重要なコンテンツとして個人の「思い出」を位置づけ、「思い出」にまつわる多方面の知見と可能性をあきらかにするための研究会を組織する。
メンバーには、文化人類学、社会学、心理学、生活学、家政学、建築学、情報工学などの研究者ばかりでなく、マスコミ、広告、デザイン、流通など、関連する業界のエキスパートを予定している。ゲストスピーカーをまじえた年間5回程度の研究会を開催する。さらに、海外からの研究者もふくめてミニ・シンポジウムを年に一回開くことを計画している。
成果として、報告書のほか、具体的な技術開発にむすびつく議論ができればよいと考えている。
研究成果の概要
本研究では、同名の共同研究会メンバーを母体としながら、その話題をさらに発展させることを念頭において計画をすすめてきた。研究会では、毎回IT界でおきている最新の話題をゲスト講師に紹介してもらい、そこに人類学者のフィールド報告(多くはいわゆる未開社会)を組み合わせることで、現在起きている事態の意味を人間の原点にたちかえって考えるきっかけを与えようと試みてきた。科学技術がどれだけ発展しても、人間が人間であることに変わりはない。急速に変化するIT環境のなかで、人間や社会、そして技術のすすむべき方向を知るための貴重な議論を積み重ねることができたとおもう。以下の各研究会で論じたテーマは、時間・歴史(第2回)、身体・道具(第3回)、ネットワーク・人間(第4回)、記憶・伝統(第6回)、知識・学習(第7回)、空間・地理(第8回)の領域をカバーしている。
また2007年3月には「ユビキタス住宅はどこへいくのか?」と題する公開共同研究会を開催し、その資料集を作製した。
2004年7月26日、東京の機械振興会館会議室
佐藤浩司(国立民族学博物館)「物と家庭にまつわる一つのエピソード:2002年ソウルスタイル」
野島久雄(NTTマイクロシステムインテグレーション研究所)「思い出研究の動向:なぜ、いま「思い出」なのか」
2004年10月23日、国立民族学博物館(共同研究会として開催)
美崎薫(未来生活デザイナー)「外在化した記憶の形:記憶する住宅がつくるこころ」
澤田昌人(京都精華大学)「エフェ(・ピグミー)の死生観を探る」
2004年12月4日、国立民族学博物館(共同研究会として開催)
塚本昌彦(神戸大学工学部電気電子工学科)「ウェアラブルで行こう~ウェアラブルとユビキタスの統合による新しい文化創造に向けて~」
菅原和孝(京都大学大学院人間・環境学研究科)「ワタシをつつむ物の繭と表象の繭:画像と映像で追うカラハリの記憶」
2005年 2月27日、国立民族学博物館(共同研究会として開催)
川崎一平(東海大学 海洋学部海洋文明学科)「おねだりと償い-パプアニューギニア、フィールドからの手紙-」
神田敏晶(KandaNewsNetwork,Inc. 代表取締役)「見えてきた!次世代インターネットが誘う個人と社会のありかた!」
2004年2月12日、国立民族学博物館
横川公子(武庫川女子大学 生活美学研究所)「机周りのモノから暮らしの型を探る」
上田博唯(独立行政法人 情報通信研究機構・けいはんな情報通信融合研究センター・分散協調メディアグループ)「ロボットとネットワークが家族を見守り、生活を支援する家」
2006年3月13日、国立民族学博物館第6セミナー室にて
黒川由紀子(上智大学)「記憶と未来:回想法の実践から」
武井秀夫(千葉大学)「記憶と創作」
2006年7月16日、国立民族学博物館第6セミナー室
須永剛司(多摩美術大学情報デザイン学科)「表現の社会が始まるか?」
岸野貴光(フリー百科事典ウィキペディア日本語版管理者)「フリー百科事典ウィキペディア:回線越しの人間群像」
小山修三(吹田市立博物館館長・国立民族学博物館名誉教授)「無文字社会の情報伝達:アボリジニはなにを怒っているのか?」
2006年11月5日、国立民族学博物館第6セミナー室
石松久幸(カリフォルニア大学バークレー校東アジア図書館)「デジタル化された日本古地図の利用と応用~新たなパースペクテイブを求めて」
床呂郁哉(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)「移動、場所、アイデンティティ:スールー・ボルネオ周辺海域におけるサマ(バジャウ)人の事例から」
2006年度成果
●研究実施状況
以下に記す内容の3回の研究会を開催した。
2006年7月16日、国立民族学博物館第6セミナー室
須永剛司(多摩美術大学情報デザイン学科)「表現の社会が始まるか?」
岸野貴光(フリー百科事典ウィキペディア日本語版管理者)「フリー百科事典ウィキペディア:回線越しの人間群像」
小山修三(吹田市立博物館館長・国立民族学博物館名誉教授)「無文字社会の情報伝達:アボリジニはなにを怒っているのか?」
2006年11月5日、国立民族学博物館第6セミナー室
石松久幸(カリフォルニア大学バークレー校東アジア図書館)「デジタル化された日本古地図の利用と応用~新たなパースペクテイブを求めて」
床呂郁哉(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)「移動、場所、アイデンティティ:スールー・ボルネオ周辺海域におけるサマ(バジャウ)人の事例から」
以下の公開共同研究会の報告書を作成した。
2007年3月4日、国立民族学博物館第4セミナー室
「ユビキタス住宅はどこへいくのか?」
●研究成果概要
機関研究では、共同研究でおこなっている同名の研究会を母体に、その話題をさらに発展させることを念頭において計画をすすめてきた。研究会では、IT界でおきている最新の話題を提供してもらい、それに人類学者のフィールド報告を組み合わせることで、現在起きている事態が人間にとってどのような意味があるかを掘り下げて考えてきた。
第1回目は、情報の伝達や学習にかかわる話題であり、ITC技術の進歩は、学校や教科書といった既成の秩序をこえた情報伝達を可能にしてきたが、アボリジニの情報伝達が実現していたように、言葉をこえた表現のプラットフォームをいかに実現してゆくかが今後重要になってくるだろう。
第2回目は、人間社会にとって空間がどのような意味をもつかを問題にした。スールー海域で家船居住をおこなうサマの空間認識は、地図のように抽象化された感覚ではなく、本来身体化されたものだが、サマでも故郷を離れた者たちのいだく空間的な連帯意識は観念的なものであり、サイバーな空間そのものが集合的な記憶のよりどころになる可能性を暗示する。
●公表実績
・佐藤浩司《インタビュー》「家と家族 思い出は何のためにあるのか」『理(コトワリ)』(関西学院大学出版会)9号,pp.4-7(2006.6)、10号,pp.4-7(2006.9)
・内田直子・加藤ゆうこ・國頭吾郎・久保隅綾・黒石いずみ・佐藤浩司・佐藤優香・清水郁郎・新垣紀子・長浜宏和・野島久雄・安村通晃・山本貴代『新製品民俗学』第1号(2006.9)
・内田直子・加藤ゆうこ・國頭吾郎・久保正敏・久保隅綾・黒石いずみ・佐藤浩司・佐藤優香・清水郁郎・新垣紀子・角康之・長浜宏和・野島久雄・安村通晃・山本貴代『新製品民俗学』第2号(2007.2)
・研究会の成果については下記のホームページで逐次公開している。
http://www.yumoka.com/
2005年度成果
●研究実施状況
以下に記す内容の研究会を開催し、館内2名、館外15名の参加があった。
2006年3月13日、国立民族学博物館第6セミナー室にて
黒川由紀子(上智大学)「記憶と未来:回想法の実践から」
武井秀夫(千葉大学)「記憶と創作」
●研究成果概要
機関研究では、共同研究でおこなっている同名の研究会を母体に、その話題をさらに発展させることを念頭において計画をすすめている。今年度は『百歳回想法』などの著書で知られる黒川由紀子氏と医療人類学者の武井秀夫氏を講師にまねいて、「思い出」の意味について議論をふかめることができた。
黒川由紀子氏は、これまで老化の徴候とされてきた老人の思い出語りが認知症の治療に有効であることをいくつかの事例から紹介した。武井秀夫氏は、アマゾンの少数民族トゥユカにおいて、神話が彼らの現在を説明するための知的資源となっており、現実にあわせて頻繁に創作(読み替え)がおきていることを紹介した。
両者の議論は、現代人といわゆる未開社会を例としながら、一方は現代人の自己アイデンティティの喪失(=認知症)、他方はいわゆる未開社会の民族アイデンティティの喪失(=コスモロジーの解体)という、きわめて類似の問題に「記憶」が関与していることをあきらかにした。
●公表実績
・研究会の成果については下記のホームページで逐次公開している。
http://www.yumoka.com/
・2005年4月より韓国生活財データベースを国立民族学博物館ホームページで公開。
・韓国生活財調査の調査成果をもとに台所における物と人間行動の関係を分析した論文が第6回ヒューマンインタフェース学会論文賞を受賞した。
「人はどれだけのモノに囲まれて生活をしているのか?: ユビキタス環境における人とモノのインタラクション支援に向けて」新垣紀子・野島久雄・佐藤浩司・北端美紀・小野澤晃,『ヒューマンインタフェース論文誌』7(2), pp1-9, 2005
2004年度成果
●研究実施状況
2004年7月26日(東京・機械振興会館会議室)
佐藤浩司「物と家庭にまつわる一つのエピソード:2002年ソウルスタイル」
野島久雄「思い出研究の動向:なぜ、いま「思い出」なのか」
2005年2月12日(国立民族学博物館)
横川公子「机周りのモノから暮らしの型を探る」
上田博唯「ロボットとネットワークが家族を見守り、生活を支援する家」
●研究成果
機関研究では、共同研究で行っている同名の研究会を母体に、それをさらに発展させることを念頭において計画を進めてきた。第1回の研究会は、本研究の趣旨と射程について、さまざまな分野で活躍している参加者全員で議論し、現在抱えている問題について理解した。第2回の研究会では、実際にユビキタス住宅を開発している現場から話題を提供してもらった。併せて身の回りの調査事例を報告してもらうことで、ユビキタス開発の現場にはユビキタスが生み出す人間社会のイメージについての認識が必要であることを理解した。
研究会の成果については下記のホームページで逐次公開している。
 http://www.yumoka.com/
また、「ゆもか研NEWS」として関係者に配布している。