国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

インドネシアにおける「近代」の咀嚼

共同研究 代表者 鏡味治也(客員)

研究プロジェクト一覧

目的

本共同研究は、近年のインドネシアで進行中の社会文化変化を、近代的理念や制度の「咀嚼」という観点から検討し分析することを目的とする。共同研究参加者がそれぞれインドネシア国内諸地域での調査によって収集した最新のデータをもとに、地域社会レベルでの政治、経済、文化の諸領域において、近代的理念・制度と伝統的それとの相克によりどういう事態が生じているかを把握し、そうしたなかで人びとが「近代」というものをどのように咀嚼しようとしているかの解明を試みる。そうした「近代」への対処を、一般論でなくミクロな地域社会レベルで把握し、制度や行動の変化にとどまらず理念や価値観のゆらぎや再編にまで踏み込んで、「近代化」過程の実態を詳細に解明しようとするところに本共同研究の意義がある。

研究成果

2年半で合計10回の研究会を開催し、共同研究会構成メンバーおよびそれでカバーできない領域の専門家が各自の調査研究資料に基づく個別の事例を提示し、それをめぐって学際的な立場からインドネシアにおける近代的概念や仕組みの到来とその受容・改変のあり方を検討した。参加者の専門領域は文化人類学、政治学、民族音楽学、経済学、歴史学、文学にわたり、その歴史的射程は主として19世紀後半から現在に至る150年に及ぶ。

各回の報告発表を受けた議論では、専門の違いをこえて比較資料の提供や報告者とは異なる解釈の提案が行われ、インドネシアを共通のフィールドとする異分野の専門家のあいだでの踏み込んだ討論の機会を提供した点で有意義であった。その成果の一部は、構成員のうち2名が編集し、構成員のほとんどが執筆した杉島敬志・中村潔編『現代インドネシアの地方社会』(2006年8月、NTT出版)で公表した。そのほかにも構成員の学術論文発表は逐次行われている。

日程の関係で最後の総合討論の場が設けられなかったのが残念である。「近代」をいかに咀嚼するか、しているかという問題は、一過性の時限的なものではなく、研究者が長い時間に渡り継続して調査研究を続ける中で考察を深めていかねばならない問題である。本研究会の成果はいずれ論文集のかたちでまとめるつもりだが、問題意識は今後も継続して取り組んでいきたい。

2006年度

本年度は5回の研究会開催を予定している。うち3回程度はこれまでどおり原則1人の発表者をたて、手持ちのデータをもとに資料提示、分析をしてもらい、それを参加者全員で徹底的に考察、議論して、問題点を洗い出し、概念を整理し、現象理解の枠組みを検討する。適宜特別講師も招聘し、コメントをお願いすると同時に議論に加わってもらう予定でいる。最後の2回は全体の取りまとめと出版に向けての討論にあてる予定である。

【館内研究員】 福岡正太
【館外研究員】 阿部健一、梅田英春、岡本正明、杉島敬志、中川敏、長津一史、中村潔、水野廣祐
研究会
2006年5月27日(土)13:30~(第3演習室)
森山幹弘「近代の咀嚼 ─ スンダ文学の場合」
2006年10月15日(日)13:30~(第3演習室)
長津一史「島嶼部東南アジアにおけるサマ人と国家」
2007年2月18日(日)13:30~(第3演習室)
中谷文美「開発の中の家族-国家によるジェンダー役割の提示と受容をめぐって」
研究成果

今年度も共同研究員以外に特別講師を招いて、共同研究員では手薄な文学(森山幹弘氏)およびジェンダー(中谷文美氏)の領域での資料提示と分析を提供してもらい、出席者でそれを吟味し討論して分析を深めた。スンダ文学の場合には植民地期のスンダ語・文学の教育への取り込みに、サマ人の事例では辺境での民族間関係に、ジェンダーについては独立以後の家族像とジェンダー役割の国家による規定に焦点をあわせて、近代的概念や近代的状況における民族間関係を検討した。

年度末に3年間の討論を総括する機会をもうける予定でいたが、日程調整がつかず実現できなかった。別の機会を見つけてこの責務を果たしたい。

2005年度

【館内研究員】 阿部健一、福岡正太
【館外研究員】 梅田英春、岡本正明、杉島敬志、中川敏、長津一史、中村潔、水野廣祐
研究会
2005年5月28日(土)13:00~(第3演習室)
新井和広「資料から見た東南アジアのアラブ系住民」
2005年10月1日(土)13:00~(第3演習室)
岡本正明「新たな政治行政空間の誕生と実業家州知事(Entrepreneurial Governor)の戦略の虚実-ゴロンタロ州の地方政治、1998-2004」
2005年11月26日(土)13:00~(第4演習室)
本名純「民主化時代のインドネシアにおける民族アイデンティティーと政治動員~ジャワのブタウィ・スンダ・マドラの事例から」
2006年1月28日(土)13:00~(第3演習室)
深尾康夫「リアウ地方の政治について」
研究成果

今年度は共同研究員以外に特別講師を招いて、共同研究員では手薄な歴史(新井和広氏)および政治(本名純および深尾康夫各氏)の領域での資料提示と分析を提供してもらい、出席者でそれを吟味し討論して分析を深めた。「近代」の咀嚼過程は、インドネシアが植民地支配下に置かれて以来始まり現在まで続いているととらえていいが、歴史領域においてはその長期スパンでの過程を、政治領域では近年の政治改編にともなう変化をおもな焦点に据えた。次年度もこの長期的および短期的スパンを双方とも視野に入れて、関連資料の分析についての討論を継続したい。

共同研究会に関連した公表実績
[論文]
鏡味治也「共同体性の近代?バリ島の火葬儀礼の実施体制の変化から考える」、2005年、『文化人類学』69巻4号:540-555
KAGAMI, Haruya, "Regional Autonomy in Process: A Case Study in Bali 2001-2003", 2005, Asian and African Studies, 5(1): 46-71
[国際シンポジウム発表]
KAGAMI, Haruya, "Regional Autonomy and Cultural Resources: A Balinese Case", at The 4th International Symposium of Journal ANTROPOLOGI INDONESIA, July 12-15, 2005, Jakarta

2004年度

【館内研究員】 阿部健一、福岡正太
【館外研究員】 梅田英春、岡本正明、杉島敬志、中川敏、長津一史、中村潔、水野廣祐
研究会
2004年10月30日(土)13:00~(第1演習室)
鏡味治也ほか「問題提起および今後の進め方打ち合わせ」
2005年1月8日(土)13:00~(第3演習室)
杉島敬志「土地所有の近代」
2005年2月19日(土)13:00~(第4演習室)
中川敏「サバにおけるフローレンスの出稼ぎ民」
研究成果

本研究会は、参加各自が手持ちの民族資料をもとに発表し、その内容や分析視点、方法について研究会出席者全員で徹底的に討論し、全体の研究課題に枠内で各自の認識を深めていくことを会の方針としている。本年度はまず2名の共同研究員に題材を提供してもらいそれを行った。