国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

家の人類学-新たなる親族研究に向けて

共同研究 代表者 小池誠

研究プロジェクト一覧

目的

本研究の目的は、「家」を中心的なテーマに設定し、人類学における親族研究を再構築することである。社会学・民俗学など関連する研究分野の研究者も加わって、家と親族研究というテーマに取り組むことを通して、新たなる人類学の展開を目指す。本研究は、構造・機能・規範をおもな対象とする静態的な親族研究ではなく、家の継承・存続など過程を重視し、家を生きる個人の戦略に焦点を当てる。クランやリネージに焦点を当ててきた従来の人類学と違い、出自集団と家族、婚姻などの諸概念を包摂し、かつ法人格を持ちうる家に注目する。成員権を血縁関係に拘泥しない、幅広い親族研究の視座が生まれると考えている。また一方で、グローバルな政治経済や科学技術などの動きに影響されてきた、現代世界における家の生成と変貌にも焦点を当てる。たとえば近年の生殖技術と家の存続との関連も研究対象に含めており、本研究の現代的な意義は明確である。

研究成果

平成17年10月より開始した本共同研究は、合計15回の研究会を開催した。人類学を中心として社会学と民俗学の専門家を含む共同研究員と特別講師は、各自のフィールド・ワークの成果に基づき、日本、東アジア、東南アジア、オセアニア、ヨーロッパ、アフリカの多様な「家」の様相について研究発表し、そして家概念の有効性について議論を積み重ねてきた。

その結果、「法人としての家」と「場としての家」という二つの「家」を区別することの必要性を明らかにした。「法人としての家」に関して、レヴィ=ストロースの議論を踏まえて、法人格(名前、財産、称号などの所有)、永続性の希求、ラインの柔軟性(親族関係または姻戚関係の言葉による正当化)という3つのメルクマールを議論の出発点として考えた。ただし、このような家概念だけでは、対象となる社会が限定され、現代社会、とくに日本における家族の問題にアプローチする視点を持ち得ないことは明白である。一方、「場としての家」とは、ある「場」(家屋)を共有し、身体性・親密性を伴った個人の集合を想定している。「場としての家」も含めて検討していくことで、従来の家概念とは全く異なる、現代の多様な家族にも適用可能な「家」の概念が展開できると考えた。実際に存在する種々の集団を考えた時、この二つの「家」は重複しうるものであるが、この二つを分別することは分析上、必要である。「法人としての家」と「場としての家」の双方において、血縁・親族関係を基にした「である」関係性よりも、政治経済的利害関係(とくに「法人としての家」)、または生活(食・住)を共にすること(とくに「場としての家」)に依る「になる」関係性(構成員については永続性を前提としない)のほうが重要になってくる。

また、死者が葬られる墓(「冥界の家」)と、現世の人間の集団との関係も、この研究会のなかで浮かび上がってきた重要な論点の一つである。

2008年度

研究成果取りまとめのため延長(1年間)

【館内研究員】 市川哲、佐藤浩司、信田敏宏
【館外研究員】 池上重弘、伊藤眞、上杉富之、遠藤央、大野啓、岡田あおい、椎野若菜、清水由文、津上誠、秀村研二、森謙二、森山工、八木透、吉野晃、渡邊欣雄
研究会
2008年5月24日(土)14:00~18:00(第3演習室)
小池誠「編集方針について」
新本万里子「月経小屋の消滅――パプアニューギニア・アベラム社会の居住空間の分析から」(仮題)
2008年11月15日(土)13:00~19:00(成城大学4号館3階民俗学研究所会議室)
小池誠「論集の構成について」
吉田佳世「沖縄の『家』と『嫁』――沖縄本島北部地区Y部落の祖先崇拝の事例から」(仮題)
研究成果

研究成果の最終的なとりまとめのために、平成20年度に合計2回の研究会を開催した。5月に実施した研究会では、研究代表者の小池が研究成果として刊行を予定している論集の中心となる「家」の概念と、編集方針および全体のコンセプトを明確にした上で、参加者それぞれが執筆を予定する論文の概要について発表した。また、特別講師の新本万里子(広島大学大学院)が、これまでの研究会で取り上げる機会のなかったニューギニアの「家」の事例について発表した。続いて、11月に実施した2回目の研究会では、研究代表者の小池が論集の構成案を提起した後、参加者が各自の担当論文の内容を簡潔に発表し、論集の題目『生をつなぐ家』と最終的な構成を決めた。さらに刊行のための今後の具体的な作業予定について議論した。また、特別講師の吉田佳世(首都大学東京大学院)が女性に焦点を当てて沖縄の「家」の継承の事例について報告した。

2007年度

平成19年度は、合計5回の研究会の開催を計画している。第1回の研究会では、研究代表者である小池がこれまでの研究発表をまとめて、家概念の明確化を図る。また、ゲスト講師を招いて、人類学における親族と家に関する議論を振り返り、家概念を中心とした新しい親族研究の可能性を探求したい。第2回の研究会では、インドネシアの事例(池上・伊藤)を対象として、また、第3回の研究会では、マレーシアの事例(津上・信田)と東南アジアにおける華人(市川)を取り上げ、東南アジアにおける家の多様性に関して議論したい。第4回の研究会では、琉球大学を会場とし、現代沖縄の墓と親族集団(森・渡邊)を対象として、家の変貌に焦点を当てて議論したい。研究会の後、門中墓の見学調査も実施したい。平成19年度の最後の研究会となる第5回では、3年間の研究発表を総括した上で、成果の出版に向けて、その枠組について議論する。

【館内研究員】 市川哲、佐藤浩司、信田敏宏
【館外研究員】 池上重弘、伊藤眞、上杉富之、遠藤央、大野啓、岡田あおい、椎野若菜、清水由文、津上誠、秀村研二、森謙二、森山工、八木透、吉野晃、渡邊欣雄
研究会
2007年5月19日(土)13:00~(成城大学民俗学研究所会議室)
小池誠「研究成果の総括と今後の方針」
村武精一「日本の<家>研究を振りかえって」
2007年7月7日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 大演習室(4階))
吉田香世子「北ラオス村落社会における「ファーン(家)」の位相:相互扶助と「連帯」の理解に向けて」
池上重弘「インドネシア・バタックの伝統家屋と改葬墓――<イエ>概念の有効性?」
伊藤眞「<根茎>としての家――ブギス社会の親族と婚姻」
2007年10月20日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 特別研究室(4階))
市川哲「マレーシア華人にとっての家」
信田敏宏「移動から定住へ――オラン・アスリ社会における母系制の出現」
津上誠「ボルネオにおける「家」:カヤンとイバンを中心に」
2007年12月1日(土)10:00~19:00(沖縄大学3号館301教室)
越智郁乃「この世の家とあの世の家の移動――現代沖縄における家の永続性と墓の移動をめぐって」
森謙二「沖縄における家族・家・門中墓」
渡邊欣雄「血筋・家筋・屋敷筋」
2008年3月13日(木)14:00~18:00(国立民族学博物館4階第3演習室)
小池誠「研究会の総括」
岩本通弥「日本のイエと家族内無縁――族祭祀と親子心中の連関性から」
研究成果

平成2007年度は5回の研究会を開催した。

第1回では、研究代表者の小池が2006年度の研究成果をまとめた後、特別講師の村武精一氏が文化人類学の家族研究史を振り返った。

第2回では、東南アジアの「家」を取り上げ、特別講師の吉田香世子氏が北ラオスの「家」の事例を報告した後、池上と伊藤が「家」の事例を報告するとともに、「家」概念の有効性について議論した。

第3回では、マレーシア社会を取り上げ、市川が華人の事例、信田がオラン・アスリの事例、津上がボルネオの事例を報告した。

第4回では、沖縄大学において、特別講師の田里修氏がコメンテーターとして参加して、沖縄における「家」を取り上げた。

特別講師の越智郁乃氏が墓の移動について報告し、その後、森が門中と「家」、渡邊が家筋と屋敷筋について発表した。

第5回では、特別講師の岩本通弥氏が民俗学の立場から日本の「家」について報告した後、小池が3年間の研究成果を総括し、公表にむけての方針を述べた。

2006年度

平成18年度は、合計5回の研究会の開催を計画している。第1回の研究会では、家と親族研究に関する理論的な検討を中心的な課題とする。共同研究員以外にも講師を招いて(清水昭俊氏)、人類学における親族に関する議論を総括した上で、家概念を中心とした新しい親族研究の可能性を探求したい。第2回の研究会では、日本とアイルランドの家と家族の歴史的変動に関する研究(岡田・清水)を取り上げる。続く3回の研究会では、共同研究員の最新の調査データに基づく研究発表を予定している。第3回の研究会では、韓国(秀村)とタイ山地民(吉野)を取り上げ、アジアにおける家の変貌に焦点を当てて議論したい。第4回の研究会では、インドネシア(池上・伊藤)を対象として、家の多様性に関して議論したい。18年度における最後の研究会となる第5回では、アフリカ(森山・椎野)を取り上げ、家と親族の変貌に関する研究発表を計画している。

【館内研究員】 市川哲、佐藤浩司、信田敏宏
【館外研究員】 池上重弘、伊藤眞、上杉富之、遠藤央、大野啓、岡田あおい、椎野若菜、清水由文、秀村研二、森謙二、森山工、八木透、吉野晃、渡邊欣雄
研究会
2006年5月20日(土)13:00~(大演習室)
遠藤央「イエ概念の再検討」
清水昭俊「家と親族」
2006年7月8日(土)13:00~(第6セミナー室)
岡田あおい「近世村落社会の家と世帯継承――歴史人口学からの接近」
清水由文「19~20世紀におけるアイルランドの家族」
2006年10月21日(土)13:00~(東北大学東北アジア研究センター4階436会議室)
吉野晃「タイ北部山地民ユーミエン(ヤオ)におけるピャオ(<家>)の核家族化 ─ 生業の変化と父系合同家族の解体」(仮題)
秀村研二「変化する韓国社会とチプ(イエ)」(仮題)
瀬川昌久「コメント」
2006年12月9日(土)13:00~(第3演習室)
田中藤司「19世紀日本農村における祖先表象の再編集」
上杉富之「家族、世帯、そして『家』-クイア親族論の試み」
2007年2月24日(土)13:00~(成城大学民俗学研究所会議室)
森山工「マダガスカル、シハナカにおける〈墓〉と〈家〉」
椎野若菜「ケニア・ルオの居住集団と居住空間」
小田亮「西ケニア・クリア社会の文節体系・家・レヴィレート」
研究成果

平成2006年度は、合計5回の研究会を開催した。

第1回では、特別講師の清水昭俊氏が親族に関する理論的な検討をした後、遠藤がパラオの資料を使って「家」概念の再検討を試みた。

第2回では、岡田が日本の村落社会を、清水がアイルランドを取り上げ、「家」と家族の歴史的変動に関する社会学的な研究成果を発表した。

第3回では、秀村が韓国社会を、吉野がタイ山地民ユーミエンを対象として、アジアにおける「家」の変貌について議論した。

特別講師として瀬川昌久氏が中国研究者の立場からコメントを加えた。

第4回では、特別講師の田中藤司氏が日本農村における墓標を用いた「家」の研究を発表し、続いて上杉がクイア理論に基づく新しい親族研究の可能性を探求した。

第5回では、アフリカの諸社会を対象として、森山がシハナカの墓と「家」の関係、椎野がルオの居住集団と親族を論じ、最後に特別講師の小田亮氏が「家」の概念を用いてクリアの親族とレヴィレート婚について論じた。

2005年度

【館内研究員】 佐藤浩司
【館外研究員】 池上重弘、伊藤眞、上杉富之、遠藤央、大野啓、岡田あおい、椎野若菜、清水由文、秀村研二、森山工、八木透、吉野晃
研究会
2005年10月29日(土)13:00~(第2演習室)
小池誠「研究の目的と研究方針について」
全員「家研究のアプローチ」
全員「今後の研究会の予定について」
2005年12月10日(土)13:00~(第1演習室)
大野啓「非親族分家の地位にみる『家』像」
永野由紀子「有賀・喜多野論争のアクチュアリティ ─ 山形県庄内地方の『家』を手がかりに」
2006年2月18日(土)13:00(東京都立大学人文棟(5号館)366号室)
八木透「三河と丹波の家と同族 ─ 地分け・カブ・祭祀」
渡邊欣雄「風水と家 ― 『葬経』の親族理論」
研究成果

第1回の研究会では、研究代表者である小池が、問題提起として最初に家概念の人類学史上の意義について発表し、その後、家概念について議論した。また、研究計画の概要について説明し、参加者全員で今後の研究日程と各自の研究テーマについて打ち合わせた。続く2回の研究会では、人類学・社会学・民俗学という学問分野を超えて、おもに日本の家と同族に関して議論を展開した。第2回の研究会では、社会学者である永野氏が家に関する有賀・喜多野論争を総括した後、庄内地方の調査データに基づき、農村の家の現状を報告した。続いて、民俗学の立場から大野氏が、岩手県と京都府の事例に基づき、同族と家について非血縁分家に焦点を当てて報告した。第3回目の研究会では、同様に民俗学者である八木氏が、三河と丹波の家と同族について報告した。続いて、人類学の立場から渡邊氏が、『葬経』のテキストに依って中国の親族理論について発表した。