国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

国籍とパスポートの人類学

共同研究 代表者 陳天璽

研究プロジェクト一覧

目的

近代国家の成立は人類に大きな影響を及ぼした。その一つに、パスポートシステムの導入が挙げられる。近代国家は、国籍や国境を規定し、パスポートなど身分証明を与えることによって人々のアイデンティティを領土化し、また人の越境をも管理した。パスポートは国家成員の証明となり、個人の権利や帰属意識などもこれに規定されるようになった。

しかし、グローバル化に伴い人や情報の流動が激しくなるなか、人々の国籍や国境に対する意識が多様化している。例えば、EUに見られるように、国家とは違うレベルでのメンバーシップの証明の生成。また、帰化や永住権取得、国際結婚などにより、複数の国のパスポートを有する人々もいれば、国籍概念がない民族への国籍制度の制定、国家権力の変動や国籍法の抵触により無国籍となる人びともいる。国籍やパスポートをめぐって、アイデンティティに苦悩する者もいれば、あくまで越境や権利獲得のための道具と捉えている者もいる。

この研究会では、人類学、法学、社会学、歴史学、政治経済学など各分野の研究者が、それぞれ国籍やパスポートに注目することを通し、それが人類に与えた影響、そして人類と国家の相関関係を明らかにするとともに、グローバル社会における人類にとって国籍やパスポートが有する意味を考える。

研究成果

共同研究「国籍とパスポートの人類学」は、人類学と法学、そして歴史学、社会学、政治経済学など多分野の対話を通し、学問研究、そして実践においてもいくつか特筆すべき成果が残された。たとえば以下があげられよう。

  1. パスポート本体に注目する研究は、これまでなされてこなかった。パスポートは世界共通と思われていたが、本研究を通し、その多様性、多義性が明らかとなった。その研究の一部は、民博通信124号、特集「国籍とパスポートの人類学」としてまとめた。
  2. 共同研究を通して国家からの個人と管理のみならず、個人が便宜によって自己の国籍を操作する「アイデンティフィケーションの力学」が明晰に分析された。同研究成果ついては、論文集『越境とアイデンティフィケーション』にまとめ、外部出版する予定である。
  3. 共同研究会は、人類学、法学、行政に携わる研究員によって構成されており、移民研究、移民政策研究にも精通している。2008年、日本において「移民政策学会」が創設されたが、本共同研究のメンバーが多数、移民政策学会の発起人の主要構成員となった。また、現在、同学会の理事運営にも寄与している。
  4. 共同研究メンバーの協力を得て、2008年に国連難民高等弁務官事務所との共同主催による国際ワークショップ「無国籍者から見た世界―現代社会における国籍の再検討」を開催した。また、同研究フォーラムの成果として『「忘れられた人々」―日本の無国籍者』を2010年、明石書店より出版した。
  5. 2009年、NGO団体「無国籍ネットワーク」が発足したが、同団体の運営委員として共同研究会のメンバーが複数人加わっている。無国籍者への法的支援や社会へのアドボカシーにおいても、共同研究会メンバーの研究、分析が有用な知的情報を提供している。
  6. 国籍とパスポートを研究対象にしていたため、本共同研究では、パスポートの実物および写真を収集した。今後、引き続き収集しデーターベース化すれば、パスポートの比較研究を行うよい基盤となる。

以上のように、本共同研究の成果は、研究の牽引のみならず、実践にも大きく寄与している。

2010年度

  1. 共同研究員や講師より、本研究会で討論してきた内容を踏まえた論文を収集する。13本の論文が提出されることが見込まれており、法学・歴史学・人類学を専門とするメンバーが共同で編集し、これをSERにまとめる予定。
  2. パスポートや身分証明書など、モノに焦点をおいた単行本の出版を計画している。22年10月原稿締め切りとし、22年度内に出版することを目標とする。
【館内研究員】 中牧弘允、南真木人
【館外研究員】 李仁子、大川謙作、大西広之、柏崎千佳子、川村千鶴子、木村自、具知瑛、工藤正子、久保山亮、小森宏美、近藤敦、佐々木てる、高佐智美、館田晶子、イ冬岩、錦田愛子、西脇靖洋、馬場里美、南誠、森木和美、柳井健一、山上博信、林泉忠
研究会
2010年7月24日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
2010年7月25日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
「わが故郷の歌」鑑賞後
思沁夫「国境に生きる民族の移動とパスポート」をテーマに討論
遠藤正敬「国籍と遊離した「国民」概念─日本の植民地統治における戸籍の政治的機能─」
佐々木てる「国籍・名前・パスポート―在日コリアンの国籍経験と世代間格差―」
山上博信「奄美復帰50周年」研究打ち合わせ
櫻井謙至「『引揚証明書』と祖父の記憶から」
全体 成果とりまとめのための討論
2010年11月27日(土)10:30~19:00(東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所)
《合同研究会》
成果とりまとめのための討論、編集作業
工藤正子「越境する子育て:パキスタン人男性と日本人女性が形成するムスリム家庭の事例から」
鈴木伸枝「華燭、そして宴のあとで:日比結婚・家族の諸相、1970-2010」
陳天璽「国際結婚と無国籍問題」
2011年1月29日(土)10:30~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
成果とりまとめのための討論、編集作業
研究成果

研究会の最終年度であったため、成果公開を視野に入れながら研究会を実施した。メンバーと密に連絡を取り合い、研究会以外にも打ち合わせや勉強会を開いた。本共同研究会の成果として、論文集を編集する予定である。昨年末、本館の出版助成を申請し、査読審査を経2011年3月に承諾された。目下、出版社とともに編集作業を進めており、2011年度ないに『越境とアイデンティフィケーション』(予定)と題する論文集を新曜社より出版する予定である。本論文集は、パスポートなど人の国籍を証明する文書がもつ力学を人類学、社会学、法学、歴史学など各分野から総合的に分析している。移動を初めてとする人の諸権利は以下に管理規制され、また自ら操作しているのか、人類の諸問題を学問範囲とする人類学にとって参考価値の高いものとなると考える。

2009年度

21年度は、パスポートの分類を意識しつつ、個々のケースに焦点を当て、国籍、パスポートについて考察していきたいと考えている。具体的には、パスポートの収集に力を入れ、またパスポートを通して見えてくる人のライフヒストリーを浮かび上がらせたいと考えている。目下全4回の研究会を予定している。本年度は、メンバー同士の比較研究を増やそうと考えている。また、本館で開催する際は、パスポートを通して見えてくるライフヒストリーを語っていただける当事者を特別講師として招くことを計画している。外部での研究会を2回予定しており、その1回として、旅券を所蔵している東京江戸博物館での研究会を予定している。もう1回は、領土の変移に伴う国籍と旅券に変遷を考察するため、ケーススタディーとして興味深い沖縄での研究会を予定している。また、本年度内に一度、公開シンポジウムを開催したいと考えている。

【館内研究員】 中牧弘允、南真木人
【館外研究員】 李仁子、大川謙作、大西広之、柏崎千佳子、川村千鶴子、木村自、具知瑛、工藤正子、久保山亮、河上幸子、小森宏美、近藤敦、佐々木てる、高佐智美、館田晶子、イ冬岩、錦田愛子、西脇靖洋、馬場里美、南誠、森木和美、柳井健一、山上博信
研究会
2009年6月27日(土)14:00~17:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
2009年6月28日(日)10:30~13:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
李文彪『国籍の意味-国籍の変更、取得、維持、そして喪失を経験して』
ドキュメンタリー『ある帰郷』
石井香世子『社会資本としての国籍とジェンダー』
2009年9月25日(金)10:00~17:30(横浜開港資料館)
『日本開国150周年から国籍・パスポートを考える』
伊藤泉美(横浜開港資料館)『横浜居住外国人の旅券と身分証明書』
工藤正子「トランスナショナルな家族の実践とパスポート:パキスタン人と日本人の国際結構の事例から」
陳天璽〔問題提起〕「日本在住外国人の身分証明:外国人登録から在留カードへ」
2009年12月5日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
2009年12月6日(日)10:00~13:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
柳下宙子(外務省外交史料館)「戦前期の移民送出状況からみた旅券規則とその変遷」
松原マリナ(NPO関西ブラジル人コミュニティ)「ブラジル移民から見た国籍とパスポート」
馬場里美「国境管理の憲法学的考察」(仮)
2010年1月17日(日)13:00~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
出版打ち合わせ
2010年2月12日(金)14:00~17:00(那覇市歴史博物館)
2010年2月13日(土)11:00~18:30(渡名喜村多目的活動施設)
2010年2月14日(日)13:00~18:00(沖縄県立博物館)
2010年2月15日(月)10:00~13:00(沖縄県立博物館)
山上博信「沖縄返還前の渡航文書について」
川村千鶴子「習志野俘虜収容所とポーンペイ捕虜の帰還―オーラル・ヒストリーの可能性―」
全体討論「国際旅行社における復帰前の琉球からヤマト、海外への旅行代理業務について」
濱口寿夫(沖縄県立博物館)「県立博物館における渡航文書の収蔵状況について」
陳天璽「八重山の台湾人の渡航文書と法的身分」
研究成果

各共同研究のメンバー及び外部講師は、これまでの研究会で発表・討論したものを踏まえ論文を執筆しており、目下、論文集としてまとめるべく努めている。現在のところ13本の論文が寄稿されている。法学・歴史学・人類学を専門とするメンバーが共同で編集し、これをに『国立民族学博物館論集』まとめたいと考えている。

論文集のほか、「パスポート学」をテーマに研究会メンバーで、パスポートや身分証明書など、モノに焦点をおき分担執筆したものを一般向けに外部出版したいと考えている。

2008年度

19年度は、国家の側から見たパスポートの機能に注目してきた。特に、国家の成立にともなう国籍や国境の制定が人々に与えた影響、国籍法の制定の歴史的背景、各国の国籍法やパスポート機能の比較、テロなど国際情勢の変化に伴う出入国管理制度の変化などについて議論をおこなった。20年度は、個人の側から見たパスポートの意味に注目する。ライフヒストリーやケーススタディーを通し、パスポートシステムの導入により、人々の生活がいかに変ったのか、そして、人々のアイデンティティにどのような影響があったのか、なかったのか。また、近年のグローバル化に伴い、越境労働者や、各地に分散した家族たちが、いかにパスポートをツールとし、各自の目的を達成しているかについて議論する。10月の研究会は、公開のシンポジウムを開催することにあてる。

【館内研究員】 中牧弘允、南真木人
【館外研究員】 大川謙作、柏崎千佳子、川村千鶴子、木村自、工藤正子、久保山亮、黒崎岳大、小谷幸子、小森宏美、近藤敦、佐々木てる、高佐智美、館田晶子、イ冬岩、錦田愛子、西脇靖洋、馬場里美、南誠、森木和美、柳井健一
研究会
2008年6月14日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
「映画を通して考える国籍とパスポート」
森木和美 上映作品「Permanecia」
玄真行 上映作品「新、在日外国人-日本のパスポートが欲しいですか」
2008年7月28日(月)14:00~17:00(外務省外交史料館)
柳下宙子「旅券関係資料の歴史的変遷」
2008年7月29日(火)10:30~16:00(大東文化会館)
南誠「国籍と戸籍による国民統合-『中国帰国者』と日本との関係をてがかりに」
2008年10月25日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
2008年10月26日(日)10:30~13:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
(10月25日)大西広之氏「日本における渡航文書の行政実務について」
(10月26日)山上博信氏「奄美、小笠原、沖縄、北方領土への渡航のための身分証明書」
2008年11月23日(日)10:30~18:30(国連大学)
研究フォーラム「無国籍者からみた世界―現代社会における国籍の再検討」
シンポジウムの日程テーマ及び民博通信特集号の打ち合わせ
2009年3月7日(土)10:30~17:30(国立民族学博物館 第4セミナー室)
2009年3月8日(日)10:30~17:30(国立民族学博物館 第4セミナー室)
陳天璽「グローバル時代の国籍とパスポート―無国籍者からの反照」
近藤敦「複数国籍の容認傾向」
館田晶子「国籍と国民概念―最高裁判決を素材にして」
柳井健一「国民と外国人のあいだ―外国人の人権論の再検討」
西脇靖弘「ポルトガルにおける国籍制度の歴史的変遷」
小森宏美「移動の制度化―エストニアの独立回復とEU加盟過程でのパスポートの意味」
木村自「越境すること、『身分』を得ること――李大媽の物語」
高村加珠恵「越境する子供たち―タイ・マレーシア国境東部における日常的越境と法的地位」
具知瑛「国境を越える移動と家族の変容-中国朝鮮族を事例として」
南誠「国籍とアイデンテイテイ・パフォーマティブ-『中国残留日本人』を事例に」
佐々木てる「人の移動と監理-鑑札もしくは関所手形を題材に」
【総合討論】
研究成果

本年度は、移民やマイノリティーなどに注目し、彼らを通して国籍やパスポートの機能、それらと個人とのかかわりなどについて考察してきた。その一つの成果として、無国籍の当事者にパネリストとして参加していただいた研究フォーラム「無国籍者からみた世界―現代社会における国籍の再検討」を開催した。共同研究のメンバーもパネリストとして参加し、共同研究の成果の一部を発表することができた。

また、本共同研究の中間報告として民博通信124号に、特集「国籍とパスポートの人類学」を編集・出版した。

2007年度

各国の国籍法、そして旅券の収集をし、比較・整理を行う。なお、旅券は本館に所蔵する。

初年度には3回、そして次年度には5回の研究会を実施する予定である。なお、研究会ごとに2-3人の研究者に発表してもらい、参加者全員でディスカッション、意見交換を行う形式を基本とする。

初年度は、国家の側から見たパスポートの機能に注目し議論を行う予定である。特に、国家の成立にともなう国籍や国境の制定が人々に与えた影響、国籍法の制定の歴史的背景、各国の国籍法やパスポート機能の比較、テロなど国際情勢の変化に伴う出入国管理制度の変化などについて議論をおこなう。

【館内研究員】 中牧弘允、南真木人
【館外研究員】 大川謙作、柏崎千佳子、川村千鶴子、木村自、工藤正子、久保山亮、黒崎岳大、小谷幸子、小森宏美、近藤敦、佐々木てる、高佐智美、館田晶子、イ冬岩、錦田愛子、西脇靖洋、馬場里美、南誠、森木和美、柳井健一、林泉忠
研究会
2007年10月13日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
陳天璽「研究方針について」
佐々木てる「グローバル時代における国籍とパスポート」
2007年10月14日(日)10:30~16:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
柏崎千佳子「国籍法制定の歴史的背景」
錦田愛子「難民の移動と法規制:パレスチナ難民の国籍・ID・パスポート事情を題材に」
2007年12月8日(土)13:30~18:45(横浜・JICA移民資料館)
「「帰属変更」の身分政治学-返還後の香港の国籍とパスポート問題」
「パスポートから見えてくる国籍問題-日本人移民の場合-」
「イギリス国制と国籍法制」
発表者:林泉忠、中牧弘允、柳井健一
2008年3月22日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館・2階・第6セミナー室)
13:30-15:30 高佐智美(独協大学)「アメリカにおける市民概念の過去と現在」
15:30-16:00 休憩
16:00-18:00 久保山亮(Bielefeld University)「Why was immigration 'apolitical'? Why is immigration 'political'? Pre-History before Genesis of State Immigration Control」(仮題)
2008年3月23日(日)10:30~15:00(国立民族学博物館・2階・第6セミナー室))
10:30-12:00 館田晶子(跡見学園女子大学)「フランスの国籍制度」(仮題)
12:00-13:30 休憩・昼食
13:30-15:00 研究打ち合わせ
研究成果

初年度の研究計画のとおり、本年度は国家の側から見たパスポートの機能に注目し議論を行った。特に、国家の成立にともなう国籍や国境の制定が人々に与えた影響、国籍法の制定の歴史的背景、各国の国籍法やパスポート機能の比較、テロなど国際情勢の変化に伴う出入国管理制度の変化、国家と難民の関係などについて、活発な議論をおこなった。