国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

マイノリティと音楽の複合的関係に関する人類学的研究

共同研究 代表者 寺田吉孝

研究プロジェクト一覧

キーワード

マイノリティ、音楽、アイデンティティ

目的

国家や地域は、民族・宗教・言語・階層・カースト・ジェンダー・セクシュアリティなどによって、またはそれらの複合的な組み合わせによって分割されており、そのように分割された集団間には不均衡な力関係が存在することが多い。本研究会は、その中で劣位に置かれたあらゆる集団を暫定的にマイノリティと定義し、かれらと彼らが実践する音楽・芸能の関係を、包括的に、また学際的に検討することを目的とする。マイノリティは、自己の視点、文化、歴史がマジョリティによって排除・抑圧されている(と感じる)場合、表現の場を音楽や芸能に求めることが多いが、その本源的な理由に関する議論や個別事例の批判的検討は進んでいない。本研究会は、複数の関連分野(民族音楽学、音楽学、人類学、身体論、パフォーマンス研究など)の研究者をメンバーとして、マイノリティ集団のアイデンティティ形成・操作における音楽・芸能の果たす役割・可能性を学際的に検証したい。

研究成果

本共同研究会では、共同研究員による研究発表に加えて、毎回、特別講師による発表を組み込むことにより、文化的・地域的に多様な事例の蓄積とアプローチの拡大を図った。最終年度には、3年半の成果の取りまとめと公表に向けて、共同研究員による発表を軸に、個別討論と総括討論を重ねた。

議論の対象となった地域やテーマの概要は次の通りである。北米・ハワイの事例では、日系人の音楽実践における身体性とマイノリティ意識との関連、国際ジャズ市場における日本人・日系人のマイノリティ性に関する報告がおこなわれた。また、マイノリティの音楽実践の研究方法として移民自身を視点の中心にすえる「ミグリチュード人類学」が提唱され、その有効性が議論された。日本の事例では、在日コリアンの伝統文化の継承や大阪在住の沖縄人のライフヒストリーの分析を通して、人類学と社会学のマイノリティ研究の前提・方向性の差異が議論された。また、被差別部落の音楽に関する映像番組に基づいて、マイノリティと音楽の研究における映像メディアの有効性についても議論がおこなわれた。東南アジアの事例では、先住民の音楽が文化的・政治的アイデンティティと結びつく過程(マレーシア)、マジョリティ-マイノリティ関係の逆転現象と音楽実践の関係(インドネシア・バリ島)、個人のマイノリティ・アイデンティティと音楽活動との関連(インドネシア・ジャワ島)などについて議論された。オーストラリアの事例では、アボリジナルの楽器が汎民族的象徴から国家の象徴に移行する要因が分析された。また、セクシュアル・マイノリティの事例では、音楽イベントにおけるパフォーマティヴな実践によって新しい公共性が築かれる可能性や、セクシュアリティとエスニシティにおけるマイノリティ性の交錯について議論がおこなわれた。

以上のように、本共同研究で扱われた地域とテーマは、きわめて多岐にわたっており、マイノリティと音楽の関係を追及するための学際的、通文化的な議論の土台として、質量ともに十分なものであった。また、いずれのテーマも、共同研究員や特別講師が、それぞれの専門領域からマイノリティと音楽の関係に果敢に取り組んだ成果であり、それらを交錯させることによって、マイノリティと音楽の複雑で多様な関係について理解を深めることができた。

2011年度

3回の研究会を予定している。前年度(平成22年度)には、ジェンダー・セクシュアリティ研究、映像研究、人類学、民族音楽学などのアプローチに沿って事例研究を蓄積しながら議論を進めた。報告された事例は、ハワイ(沖縄系)、日本(沖縄、被差別部落、セクシュアル・マイノリティ)、マレーシア(オラン・アスリ)、フィリピン(中国系)、ヴァヌアツ、インドネシア(バリのムスリム)、インド(不可触民)などを含む。今年度は最終年度に当たるため、正メンバーによる発表を中心として成果の取りまとめに向けた研究発表を行う。また、前年度に計画していたが実施できなかったパフォーマンス研究の方法に基づいた事例研究報告とその討議をあわせて行う予定である。

【館内研究員】 信田敏宏、福岡正太
【館外研究員】 和泉真澄、伊東信宏、岡崎淑子、高正子、城田愛、鈴木慎一郎、鈴木裕之、高橋雄一郎、竹村嘉晃、寺田(滝)奈々子、中村美亜、山田陽一
研究会
2011年5月22日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 第3セミナー室)
高橋雄一郎(獨協大学)「パフォーマンス研究、パフォーマンス・アートとマイノリティ」
??(東京芸術大学博士課程)「マイノリティーの文化体験とパフォーマンス」
2012年2月25日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
2012年2月26日(日)10:30~15:30(国立民族学博物館 大演習室)
《2月25日(土)》
福岡まどか(大阪大学、特別講師)「インドネシアの女形舞踊家ディディ・ニニ・トウォ:マイノリティの芸術活動という視点からの試論」
全員「マイノリティと音楽の複合的関係に関する総合討議」I
《2月26日(日)》
全員「マイノリティと音楽の複合的関係に関する総合討議」II
全員「成果の取りまとめと出版について」
研究成果

平成23年度は本共同研究の最終年度にあたるため、主に成果公開に向けての全体討論をおこなった。また、当初予定していたが前年度までに実施できなかったパフォーマンス研究からのアプローチに関する議論を併せておこなった。パフォーマンス研究に関しては、この分野のアプローチがマイノリティと音楽の研究にも有効である点を確認したうえで、その応用例としてパフォーマンス・アートの実践に焦点を当て、生活体験に基づくマイノリティの人々の感情・情念がパフォーマンスを通して広く共有される可能性などについて議論を行った。成果公開のための全体討論においては、メンバー全員が、執筆予定のテーマに関する発表をおこない、テーマの妥当性、研究会の目的との整合性、事例間の関連性・共通点などについて議論を行なった。マイノリティ・マジョリティ関係の可変性、記憶と作る場としての身体、マジョリティとマイノリティの共生の場としての音楽のあり方など、いくつかの共通テーマが抽出され、それらを軸として論文集を編集することが確認された。

2010年度

5回の研究会を予定している。前年度には、人類学、社会学、音楽学のアプローチに沿って事例研究を蓄積しながら議論を進めた。特に、北米(アジア系アメリカ)、オーストラリア(アボリジナル)、日本(沖縄、在日)、タイ(地域演劇)などに関する事例、およびワールドミュージクにおけるマイノリティの表象などについて議論を行った。今年度は対象となる事例の地域やテーマをさらに広げながら議論を深めたい。地域的には東南アジア、オセアニア、日本、沖縄などの事例報告を予定している。また、前年度に計画していたが実施できなかったパフォーマンス研究の方法に基づいた事例研究報告とその討議をあわせて行う予定である。

【館内研究員】 信田敏宏、福岡正太
【館外研究員】 和泉真澄、伊東信宏、高正子、城田愛、鈴木慎一郎、鈴木裕之、高橋雄一郎、中村美亜、山田陽一
研究会
2010年6月19日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
1)Arsenio Nicolas(特別講師、民博外来研究員)
Networks, Centers and Peripheries: Historical Notes on Chinese Music in the Philippines
2)寺田吉孝
映像番組『怒-大阪浪速の太鼓集団」』(2010年)の上映と討論
2010年5月29日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
1)城田愛「ハワイ沖縄系移民たちの唄と踊りの人類学-Anthropology of Okinawan Hawaiian Migritude」(仮題)
2)山田陽一「ポップの楽園?-ヴァヌアツにおけるストリングバンド音楽の形成過程と文化の創出」(仮題)
2010年12月18日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第3セミナー室)
1)信田敏宏「マレーシア先住民と音楽-アイデンティティ・文化復興・先住民運動」
2)福岡正太「スンダ音楽とラジオ放送1930年代から1950年代」
2011年1月15日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
1)中村美亜「「音楽すること」について考え直す―セクシュアル・マイノリティの二つの音楽実践を例に」
2)砂川秀樹「ゲイのエイサーグループの成立背景から考えるセクシュアリティとエスニシティ」
3)久万田晋「エイサーの現代的展開」
4)宇田川妙子 発表に対するコメント
5)全員による討論
2011年3月28日(月)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
1)竹村嘉晃「神霊の担い手/新中間層という不可触民青年の顔―インド・ケーララ州のテイヤム祭祀を事例に」
2)増野亜子「ルバナとルダットーバリ島ムスリム集落における伝統芸能の実践」
研究成果

2010年度には、前年度までに検討した議論に留意しながら、多様な事例の蓄積に努めた。日本のセクシュアル・マイノリティの事例では、音楽イベントにおけるパフォーマティヴな実践によって新しい公共性が築かれる可能性や、セクシュアリティとエスニシティにおけるマイノリティ性の交錯についての報告が行われた。アメリカ合衆国の事例では、多文化混淆的なハワイにおける沖縄系の音楽実践の研究方法として移民自身を視点の中心に置く「ミグリチュード人類学」が提唱され、その有効性が議論された。マレーシアの事例では、先住民の音楽が文化的・政治的アイデンティティと結びつく過程が、またインドネシアの事例では、マジョリティ-マイノリティ関係のねじれ・逆転現象と音楽実践の関係(バリ島のムスリム)や、個人のマイノリティ・アイデンティティと音楽活動の関連(ジャワ島のスンダ人作曲家)などが報告された。さらに、大阪の被差別部落の事例では、太鼓集団の活動に関する映像番組が上映され、マイノリティと音楽の研究における映像メディアの有効性についても議論がおこなわれた。このように今年度扱った地域とテーマは多岐にわたっており、マイノリティと音楽の複合的な関係を検討するための多角的、通文化的な議論の土台を築きつつある。

2009年度

5回の研究会を予定している。前年度には、音楽研究における身体論のレビューと、マイノリティ音楽・芸能研究への応用の可能性に関する議論をおこなった。今年度第1回、第2回の研究会では、具体的な事例に沿ってその議論を継続する。第3回、第4回では、それぞれ音楽学・民族音楽学、人類学からのアプローチを発表者の調査事例に沿って議論する。第5回の研究会では、パフォーマンス研究の方法に基づいた事例研究報告とその討議、または文化研究による研究のレビューと問題点の整理を行う。

【館内研究員】 信田敏宏、福岡正太
【館外研究員】 和泉真澄、伊東信宏、高正子、城田愛、鈴木慎一郎、鈴木裕之、高橋雄一郎、中村美亜、山田陽一
研究会
2009年7月25日(土)11:00~18:30(国立民族学博物館 第2演習室)
1)鳥居祐介「北海岸」と「長く黄色い道」―国際ジャズ市場におけるマイノリティとしての日系人と日本人
2)和泉真澄「和太鼓/Taikoに見る身体と政治―マイノリティ文化としての再創造」
3)中村美亜「都市型コミュニティ・イベントにおける新しい音楽文化と身体・公共・記憶―マイノリティとマジョリティをつなぐ "Living Together Lounge"」
2009年10月31日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
1)鈴木裕之「ワールドミュージックブームとは何だったのか?(何なのか?)―アフリカ音楽の事例から」
2)松山利夫「アボリジナルの象徴 ディジュリドゥとその展開」
2009年11月8日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
1)岸政彦「アイデンティティとネットワーク─ある沖縄人女性の生活史と文化実践から」
2)高正子「日本で伝承される民族芸能-朝鮮総連の事例から」
2010年3月6日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
2010年3月7日(日)11:00~16:00(国立民族学博物館 第2演習室)
■3月6日(土)
1)岩澤孝子「タイにおけるコミュニティ・シアター-「ナーンドーイグン」プロジェクト」
2)鈴木慎一郎「ワールド・ミュージックとハイブリディティ理論-いくつかの論点を整理する試み」
■3月6日(日)
1)早稲田みな子「ハワイと南カリフォルニアの盆踊り-そのレパートリーにみる日系アメリカ文化の多様性」
2)岡崎淑子「伝統芸術を革新するアーティストのアイデンティティ-伝統的体制・権威との交渉(カンボジアの古典舞踊家の事例から)」
研究成果

昨年度確認した音楽研究における身体の視点の重要性に留意しながら、今年度は具体的な事例においてその適用の可能性を検討した。

北米の事例に関しては、日系人による和太鼓の実践における身体性とマイノリティ意識の関連、盆踊りにおけるハワイとカリフォルニアの日系人のマイノリティ意識の差異、国際ジャズ市場における日系人のマイノリティ性に関する報告がおこなわれた。

日本のマイノリティの事例では、在日コリアンの伝統文化の継承や大阪在住の沖縄人のライフヒストリーの分析を通して、人類学と社会学のマイノリティ研究の前提・方向性の差異を議論した。また、東京の都市型コミュニティ・イベントの分析から、音楽の身体性を媒介として公共性を築く可能性を議論した。東南アジアの事例でもコミュニティ演劇の可能性が報告されたたほか、伝統と創造の相克とマイノリティ意識の関係が問題化された。

オーストラリアの事例では、アボリジナルの楽器ディジュリドゥが汎民族的象徴から国家の象徴に移行する要因を分析した。さらに、ワールドミュージックの事例では、この現象におけるマイノリティの位置をアフリカ・カリブ海音楽の文脈から考察した。このように今年度扱った地域とテーマは多岐にわたっており、マイノリティと音楽の複合的な関係を追及するための学際的、多角的、通文化的な議論の土台を築きつつある。

2008年度

初年度は実施期間が短いため3回の研究会を予定している。まず、第1回では、研究会の趣旨説明と研究の進め方に関する全体討論を行う。第2回の研究会では、マイノリティ概念の整理、続く第3回では、関連諸分野におけるマイノリティ音楽・芸能研究のレビューを行う。

【館内研究員】 信田敏宏、福岡正太
【館外研究員】 和泉真澄、伊東信宏、高正子、城田愛、鈴木慎一郎、鈴木裕之、高橋雄一郎、中村美亜、山田陽一
研究会
2008年10月11日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
1.研究会の趣旨説明(寺田吉孝)
2.研究会の進め方に関する全体討論(全員)
2009年1月11日(日)14:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
山田陽一編著『音楽する身体』に関する討論(全員)
研究成果

本共同研究は、音楽・芸能が身体を通してのみ生成しうる点に注目し、その身体がマイノリティの主体とどのような関係をもつのかを検証することにより、音楽研究における身体論の新たな展開を模索することを目的の一つとしている。初年度である2008年度は、その手始めとして、山田陽一編の論文集『音楽する身体-<わたし>へと広がる響き』(2008年)をテクストにして議論を進めた。音楽研究における身体の視点の重要性、身体と身体性の差異、身体を「もつ」から身体で「ある」という視点への移行、身体の範囲、感覚の複合性、音楽研究における個人と集団など、音楽と身体の関係に関わる数多くの論点が検討され、その過程で、研究会の基本概念や方向性に関するイメージの共有化にむけて活発な討議をおこなうことができた。