国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

聖空間の経営人類学的研究

共同研究 代表者 中牧弘允

研究プロジェクト一覧

目的

国立民族学博物館の共同研究において、会社の聖空間については会社の神社や墓地、あるいは企業博物館をとりあげてきたが、創業の聖地や社内の神聖空間についてそのテーマを深化させるとともに、さらに範囲を広げ、地域の祭礼や都市の経営、あるいは宗教の聖地に会社がどう関わるかという視点から研究の進展をはかりたい。

地域の祭礼については、企業の存在が不可欠な祭をとりあげ、一時的な聖空間と化す都市の経営的側面を分析し、経済活動やライフスタイルとの相関関係について研究する。とくに都市の経営に関しては、創造都市、多文化政策などを対象に、会社やその従業員、あるいは地元住民や在日外国人などが聖空間としての都市づくりにいかに参加しているか、あるいは都市がそれをどう演出しているかについての研究をすすめる。

宗教の聖地については、教団聖地や世界遺産登録をはたした地域を中心に、宗教関係者だけでなく企業や行政も関わるところの経営的視点から分析をおこなう。

研究成果

会社の聖空間についての一例をあげると、全国銀行協会(全銀協)を対象とした分析において、それが茶会と似た構造をもち、そこでの振舞いは連歌の付け合いように同圏性のもとで制御されているとの報告があった。しかも最近まで「金融当局の検査が入らない」といわれる聖域でもあった。 地域の聖空間いついては阿波おどりと高知よさこい祭りがとりあげられ、他府県への伝播と定着を聖空間の飛び火としてとらえる報告があった。その要因としては、まちおこしの手段として「おどり」が有効であったこと、また「連」の結成があらたなコミュニティーの機能を果たしていると指摘する一方、徳島や高知、さらに札幌(YOSAKOIソーラン)がコンテストをともなう「聖地=本場」として創造されたことに注目するものであった。

聖空間としての都市についてはワシントンDCと大阪城公園がとりあげられ、建造物や記念モニュメントを手がかりにその聖性を解釈する試みがなされた。また、文化都市政策の観点から都市空間の活性化をめざす国内外の創造的取組みの事例が多数紹介され、負の遺産やイメージを転換し「聖空間化」する言説や実践に焦点が当てられた。

宗教の聖地については泰山と曲阜をとりあげ、聖地と文化政策、観光振興、現代ビジネスとの関連等についての報告がなされた。聖地巡礼は伝統的な霊場参詣だけでなく、現代的な新しい現象としても生成されている。お台場のコミックマーケットやジャパンクールとして人気の高いポップ・カルチャーが新たな聖地巡礼をつくりだしている事例についての報告があった。

聖空間としての万国博覧会に注目した研究報告もあった。万博会場は隔離された文明の祝祭空間としての性格を有し、中国中心の世界像を表象するという観点から分析がなされた。ベストシティ実践区における都市空間の画期的取り組みや創造的生活様式についても展示をとおして検討がなされた。また「障害者館」における暗闇体験の闇を「人間が本来持っている感覚の多様性を呼び覚ます聖空間」として把握し、上海万博における諸種の課題に言及がなされた。

2010年度

第2年度においては世界遺産、大嘗祭、都市公園のモニュメント、コミックマーケットのような都市イベント、あるいはワシントンD.C.のような都市空間などを広くとりあげ、その聖地性や経営的視点からの分析をこころみた。

本年度は最終年にあたるので、これまで拡散しがちだった聖空間の対象を会社や教団などに絞り込むことをひとつの柱としたい。そのため未発表者はもとより、新規メンバーも若干名くわえ、旅館のもてなし、フライトのサービス、中国進出企業の経営、J-Popフェア、タイの仏教教団などをめぐって活発な議論を展開したい。

もうひとつの柱は5月から半年間開催される上海万博である。科研費「上海万博の経営人類学的研究」(研究代表者:中牧弘允)との連携をはかり、「より良い都市、より良い生活」をテーマに掲げる上海万博というイベント空間をビジネスと経営との視点から分析する。

以上のような課題を追究するため、本共同研究と科研費との合同プロジェクトとして、国際フォーラムを国立民族学博物館で開催し、これまでの諸報告を含め、英語で発表と討論をおこない、国際的な展開をめざしたい。

【館内研究員】 陳天璽、出口正之、広瀬浩二郎
【館外研究員】 安達義弘、李仁子、飯笹佐代子、市川文彦、岩井洋、宇野斉、王英燕、大石徹、奥野明子、姜聖淑、澤木聖子、澤野雅彦、砂川和範、住原則也、高木裕宜、曹斗燮、出口竜也、出口弘、晃、日置弘一郎、廣山謙介、藤本昌代、前川啓治、三井泉、矢野秀武、八巻惠子、山田慎也、山本匡、横山知玄
研究会
2010年7月23日(金)11:00~12:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
2010年7月24日(土)17:00~18:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
2010年7月25日(日)17:45~18:45(国立民族学博物館 第4セミナー室)
《7月23日》中牧弘允「研究会報告をふりかえって(1)」
《7月24日》中牧弘允「研究会報告をふりかえって(2)」
《7月25日》「研究成果のとりまとめについて」
2010年12月18日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第5セミナー室)
2010年12月19日(日)10:30~16:30(国立民族学博物館 第5セミナー室)
《12月18日》
李仁子(東北大学教育学部准教授)「『韓流』が創り出す聖地」
前川啓治(筑波大学教授)「つくばエクスプレス広告『全山パワースポット筑波山』の妥当性―その『聖性』の歴史と構造」
《12月19日》
中牧弘允(国立民族学博物館教授)「聖空間としての上海万博」
飯笹佐代子(東北文化学園大学准教授)「上海万博・ベストシティ実践区」
大石徹(芦屋大学准教授)「中国近代史の『聖空間』:上海万博公園彫刻プロジェクトを読み解く」
広瀬浩二郎(国立民族学博物館准教授)「生命陽光館」
晃(神田外語大学非常勤講師)「日本と上海万博の『魔』の空間」
市川文彦(関西学院大学准教授)「France Day@上海万博」
研究成果

「より良い都市、より良い生活」をテーマにかかげた上海万博を対象に聖空間とのかかわりについて報告と討論がおこなわれた。万博会場は隔離された文明の祝祭空間としての性格を有し、中国中心の世界像を表象するという観点から分析がなされた。ベストシティ実践区における都市空間の画期的取り組みや創造的生活様式についても展示をとおして検討がなされた。また「障害者館」における暗闇体験の闇を「人間が本来持っている感覚の多様性を呼び覚ます聖空間」として把握し、上海万博における諸種の課題に言及がなされた。上海万博のさまざまなモニュメント、「魔」の空間-恐怖・超能力の空間-についての報告もあった。

そのほかの聖空間として「韓流」ドラマの聖地とパワースポットとしての筑波山が取り上げられた。前者はペ・ヨンジュンとパク・ヨンハにかかわるドラマロケ地とパクの墓所について聖地化の過程を論じるとともに、「追っかけ」グループの「聖地巡礼」についての報告もなされた。後者においては筑波山の史跡や施設、儀礼や祭礼、観光や鉄道等とのかかわりからパワースポット化の現象が検討された。

2009年度

会社の聖空間については、再春館製薬、伏見酒造、および新興のコンテンツ産業などについての発表を予定している。また、中国企業の聖空間として深テクノセンターがとりあげられ、日本企業のとの比較がなされる。

地域の聖空間については、在日外国人の祭りやイベントに注目し、祭礼時に現出する聖性の経営学的意味が解明される。また、世界遺産の聖地、つくばの地域づくり、あるいは金沢・横浜などの創造都市の事例研究についても報告がなされる。街づくりの日仏比較史についての発表も予定している。さらに、新居浜の太鼓台祭と住友についての報告も計画している。

宗教の聖空間については、天理教の「ぢば」や太宰府天満宮が報告対象となる。

【館内研究員】 陳天璽、出口正之、広瀬浩二郎
【館外研究員】 安達義弘、李仁子、飯笹佐代子、市川文彦、岩井洋、王英燕、大石徹、奥野明子、澤木聖子、澤野雅彦、砂川和範、住原則也、高木裕宜、曹斗燮、出口竜也、出口弘、晃、日置弘一郎、廣山謙介、藤本昌代、前川啓治、三井泉、山田慎也、山本匡、横山知玄
研究会
2009年7月19日(日)13:30~17:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
2009年7月20日(月・祝)10:30~15:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
出口弘「絵物語の世界の紡ぎ手の神話空間-コミックマーケットを事例とした超多様性市場としての物語ビジネスの神話学-」
奥野卓司「ジャパンクールと江戸文化を結ぶ聖地巡礼」
中牧弘允・住原則也「世界遺産の聖地:泰山と曲阜」
松村一男「ワシントンDCという聖地」
2009年11月21日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 第5セミナー室)
2009年11月22日(日)10:30~17:00(国立民族学博物館 第5セミナー室)
河野憲嗣(ソニー銀行、京大博士課程)「聖空間としての全国銀行協会」
山本匡「日本の原点―大嘗祭の聖空間」(仮題)
宇野斉(法政大学教授)「欧州J-popフェア巡礼」(仮題)
大石徹「都市の聖空間―大阪市中央区のモニュメントをめぐって」
2010年2月27日(土)13:30~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
2010年2月28日(日)10:30~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
李仁子「『韓流』が創り出す聖地」
飯笹佐代子「都市空間の創造-文化都市政策・クリエイティブ・シティ論の観点から」(仮題)
市川文彦「"万博"は聖空間たりうるか?-"万博"研究史からの展望」(仮題)
姜聖淑「巡礼と観光行動」(仮題)
研究成果

科研「産業と文化の経営人類学的研究」の調査対象であった世界遺産の泰山と曲阜をとりあげ、聖地と文化政策、観光振興、現代ビジネスとの関連について中牧と住原が報告した。

聖地と巡礼は伝統的な霊場巡礼だけでなく、現代的な新しい現象として生成されている。コミックマーケットは3日間で50万人を集める「超多様性市場」として注目を集める「物語ビジネスの神話空間」であるとの分析がなされる一方、ジャパンクールとして人気の高いポップ・カルチャーが聖地巡礼をつくりだしている事例が報告された。また、ヨーロッパでJ-popフェアが各地で開催されている実態の現地報告もなされた。韓国においても寺院の巡礼が新たにはじまり、観光行動として注目に値する現状分析がなされた。

聖空間としての都市についてはワシントンDCと大阪城公園がとりあげられ、建造物や記念モニュメントを手がかりに解釈する試みがなされた。また、文化都市政策の観点から都市空間の活性化をめざす創造的取組みが紹介された。

聖空間としての万博に注目した研究報告もあった。これは科研「上海万博の経営人類学的研究」と連携するものであり、万博研究史からの展望が試みられた。

2008年度

初年度は2回の研究会を開催する。初回は各自の問題意識の共有につとめるとともに、研究代表者は共同研究の目的や視点、年度別の計画、さらには最終の結果の取りまとめについて方針を示す。とりわけ三つの聖空間-会社・地域・宗教-について照準を定めることの意義を強調する。その上で、おたがいの議論のなかで共通の目標を設定していく。

当初は調査研究のすすんでいる領域、とくに環黄海経済圏、都市祭礼、世界遺産を主たる調査対象とする科学研究費「産業と文化の経営人類学的研究」(研究代表者:中牧弘允、2008-2009年度)との連携をはかりながら共同研究体制をととのえていきたい。というのも、本共同研究のメンバーの半数ほどがこの科研のメンバーと重なっているからである。特別講師も適宜招きたい。

【館内研究員】 陳天璽、出口正之、広瀬浩二郎
【館外研究員】 安達義弘、李仁子、飯笹佐代子、市川文彦、岩井洋、王英燕、大石徹、奥野明子、澤木聖子、澤野雅彦、砂川和範、住原則也、高木裕宜、曹斗燮、出口竜也、出口弘、晃、日置弘一郎、廣山謙介、藤本昌代、前川啓治、三井泉、山田慎也、山本匡、横山知玄
研究会
2008年11月2日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 第5セミナー室)
出口竜也「飛び火する聖空間―阿波踊りとよさこい祭りの事例から―」
2009年2月28日(土)13:30~17:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
2009年3月1日(日)10:30~15:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
岩井洋「異文化理解の経営人類学:韓国の聖空間を中心として」
曺斗燮「「聖空間/俗空間としての北東アジア経済圏」
晃「大連の日本人社会――越境ビジネスマンの生活と聖空間」
澤野雅彦「東アジアの都市間スポーツ交流――日本野球の「聖地」大連を中心に――」
研究成果

初回の研究会では研究代表者が趣旨説明をおこない、各メンバーが自己紹介もかねて分担テーマについて語った。出口竜也は阿波踊りとよさこい祭りが他府県に伝播する事例を取り上げて報告した。

2回目の研究会では韓国、中国の事例をとりあげ、まず岩井洋が仁川の中東文化院の開館・閉鎖・再開の経緯を「聖空間」のネットワーク概念をつかって説明した。_斗燮は北東アジア経済圏の物流システムを聖空間/俗空間の対比によって分析した。晨晃は大連の日本人社会に暮らす越境するビジネスマンの生活と聖空間をとりあげた。澤野雅彦は日本野球の「聖地」大連を中心に都市間スポーツ交流について報告した。

以上の報告は科研「産業と文化の経営人類学的研究」の調査にもとづくものであり、科研費の成果報告書に掲載された。