国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。
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平和・紛争・暴力に関する人類学的研究の可能性

共同研究 代表者 小田博志

研究プロジェクト一覧

キーワード

平和実践、積極的平和、平和資源

目的

この共同研究の目的は、平和に対する人類学的アプローチの可能性と意義を明らかにし、「平和の人類学」と呼ぶべき分野をつくり上げていくことである。ここでは「平和」を紛争、戦争、暴力、植民地支配ならびに紛争解決・予防、抵抗、和解、平和構築、友好、利他性などと関連するものとして広く捉える。「平和」は極めて重要な現代的課題であり、「平和」に関わる言説がグローバル社会のさまざまな局面の動因となっている。しかしその重要性にもかかわらず、平和を正面から扱った体系的な人類学研究はいまだに存在していない。日本だけでなく諸外国においても平和の人類学は未発達の段階にある。一方、私たち共同研究者はそれぞれの調査研究の経験から、人類学が平和というテーマに対してもつ潜在的可能性は非常に大きいと確信している。その潜在的可能性を研究会における議論の積み重ねによって明らかにし、平和の人類学の体系化を目指す。その際に理論的あるいは批判的議論にとどまらず、平和に関わる現場において活用可能な実践的かつ建設的な成果をももたらしたい。

研究成果

私たちの共同研究では合わせて14回の研究会を開催した。館外開催は1回で、沖縄を訪ねて現地の5人の特別講師と交流した。この他、館内の研究会でも2人の特別講師を招いた。
本研究の主目的は、平和というテーマに対する人類学的アプローチの意義を明らかにすることがであった。特に次の点を成果として挙げることができる。

  1. 旧来の平和論の批判的捉え直し:これまで平和研究を主導してきたのは国際政治学・国際関係論であった。そこでは主権国家が分析の基本単位として措定され、非国家的な平和を捉える方法論と理論枠組みは発展していない。また国際法の文脈では、平和と戦争とが明確に区別され、平和を論じる際にも常に戦争と関連づけられてきた。さらに平和研究でその「現場」が対象化されるとき、「国際社会」ですでに定義されたイシュー(開発、平和構築、安全保障など)が投影される傾向がある。こうしたバイアスを超えて、平和概念を拡大する上で、人類学的アプローチに意義があることが確認された。
  2. 平和概念の拡大:従来、国家や国際社会からの援助の受益者と捉えられてきた人びとの、平和のアクターとしての役割が、フィールド(南スーダン、山口県祝島、沖縄、東ティモールなど)からの知見に基づいて検討された。また平和とは必ずしも結びつけられてこなかった行動形態(逃避、供養など)の積極的な意義について論じられた。モノ、施設、遺跡、芸術作品、図書など、人以外のアクターが平和をつくり上げる働き(エイジェンシー)に光が当てられ、「平和資源」の概念の下で分析された。以上の検討結果から浮びあがってくることは、非国家主体がローカルな場で実践する積極的平和である。暴力に抵抗し、分断を乗り越えて、他者との平和な関係性をつくりあげる実践は、すでに、常に各地で生み出されている。それを捉えるための理論的視座の精緻化を、具体的な事例と関連づけて行なえたことが、本共同研究の最も重要な達成と言える。

今後の課題として残されたのは次の事項である。

  1. 「自然」を含めた平和概念の拡大:主権国家中心の平和概念が形成された時代は、社会と自然とが分離されていった時期と重なる。自然と社会とのハイブリッドな事象として平和を捉えなおすことは、平和論および人類学の視座の拡大双方につながるだろう。
  2. 植民地主義の歴史的文脈を踏まえた平和論:この点についてはこの共同研究では十分に扱うことができなかったが、国際法の外部から平和を捉え直すためには、植民地と帝国主義の歴史的文脈に取り組むことが重要である。
  3. 人類学の古典や民族誌資料の平和論からの再検討:平和と結びつけられていない資料を読み直すことから豊富な発見が期待される。
  4. 平和展示の企画:平和展示、平和博物館というときに、従来、戦争被害など平和ではない状態を示すものが展示される傾向にあった。これに対し、積極的に平和を展示することは可能か、また他者との平和な関係性をつくり出すような展示とはどういうものか、といった問題意識に基づくオルターナティブな平和展示の構想は今後の課題として残された。

2011年度

本年度は研究成果のとりまとめを行なう。まず論文集の出版の形での成果公表を進める。代表者が総論の草稿と論文集の構成案を作成し、第1回目の研究会で検討の上、各メンバーの執筆内容を定める(5月予定)。2回目(10月予定)の集まりで各論文の骨子を検討し、論文集の構成を明確化する。そして第3回研究会(2月予定)で各草稿に対する相互コメントを行なう。次に学会において成果を発表する。具体的には日本平和学会において、共同研究メンバーによる部会の開催を目指す。その内容について第1回と2回の研究会において打ち合わせる。日本文化人類学会では24年度の成果発表を目指して、並行して構想をしていく。本共同研究の主要テーマの一つ「平和展示」について、国立民族学博物館を会場に公開シンポジウムや企画展のような形で成果を発表する可能性についても検討を行なう。

【館内研究員】 関雄二、内藤直樹
【館外研究員】 足羽與志子、金敬黙、栗本英世、佐藤壮広、芹澤知広、辰巳頼子、田中雅一、外川昌彦、中原聖乃、福島在行、福武慎太郎、福西加代子、藤井真一、麓侑佳
研究会
2011年5月21日(土)14:00~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
2011年5月22日(日)9:30~13:00(国立民族学博物館 大演習室)
小田博志「成果取りまとめの方針について」
全員「これまでの研究会を振り返る」
全員「日本平和学会の部会企画について」
全員「論集の出版について」
2011年10月16日(日)14:00~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
小田博志(北海道大学)「人類学的アプローチの平和学における意義」
福武慎太郎(上智大学)「ポジティブ・ピースの概念について」
中原聖乃(中京大学)「山口県祝島と上関原発建設計画」
栗本英世(大阪大学)「平和構築を問い直す」
佐藤壮広(恵泉女学院大学)「沖縄の民間巫者からみた平和」
金敬黙(中京大学)コメント
全員 討論
2011年11月12日(土)14:00~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
2011年11月13日(日)9:30~13:00(国立民族学博物館 大演習室)
《11月12日(土)》
小田博志(北海道大学)「平和の人類学」
全員 質疑応答
全員 日本文化人類学会研究大会での分科会企画について
《11月13日(日)》
全員 成果出版企画の構成について
2012年3月17日(土)10:00~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
小田博志(北海道大学)「平和を問い直す」
栗本英世(大阪大学)「草の根平和構築の理論」
福島在行(広島市平和祈念資料館)「積極的平和観に基づく平和展示の可能性」
佐藤壮広(恵泉女学院大学)「平和概念を拡大するために」
研究成果

本年度は研究成果の取りまとめを主眼として研究会を開催した。第1回と3回で出版企画について集中的に討議した。それを通して、これまでの研究成果を分類するための3カテゴリー、すなわち「平和をつくる(平和構築、和解を含む)」、「平和をみせる(展示、博物館を含む)」、「平和をひらく(死と平和など旧来の平和論で扱われてこなかったテーマを含む)」が浮上し、それらを軸に成果出版を構成することになった。また現場における知見から、主権国家を基本単位とするオーソドックスな平和論を問い直すこと、および積極的な平和観と関連づけることという企画の基本方針も確認された。この出版企画のために執筆された各共同研究員の草稿を第4回研究会で詳細に検討した。また第2回の研究会では、日本平和学会における自由論題部会の開催を見据え、特に関連の強いテーマを取り上げて報告と討論を実施した。

2010年度

本年度は個別のテーマに関わる研究会を館内で3回、ならびに本共同研究の主要テーマに関係する研究会を館外で1回開催する予定である。個別テーマとして(1)「平和資源」、(2)「死」および(3)「平和展示」を取り上げる。

(1)「平和資源」を暫定的に、他者との平和な関係性を構築するため人びとが用いるものとして定義する。ローカルな文脈に埋め込まれた平和資源とそれを用いた人びとの実践について事例報告と討論を行なう。(2)「死」と「平和」との関係について、特に「遺体」「遺骨」の扱われ方を具体的に検討しながら論じる。(3)本共同研究の柱の一つである「平和展示」について、館内での研究会の他に、沖縄における館外研究会を実施して、平和の表現・展示に従事する現場の関係者を交えた討論を行なう。

【館内研究員】 関雄二
【館外研究員】 足羽與志子、金敬黙、栗本英世、佐藤壮広、芹澤知広、辰巳頼子、田中雅一、外川昌彦、中原聖乃、福島在行、福武慎太郎、福西加代子、藤井真一、麓侑佳
研究会
2010年5月15日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
小田博志「〈平和資源〉について」
中原聖乃「山口県祝島と岩国の住民運動の現状の紹介」
外川昌彦「マハトマ・ガンディーにおける非暴力思想の形成―日露戦争とサッティヤーグラハ」
2010年7月24日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
福西加代子「韓国における戦争と平和の展示」
田中雅一「トレンチ・アート――モノから見る戦争と平和」
2010年12月5日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
内海愛子「遺骨の戦後史」
波平恵美子「無言の結託――死者と生者、国家と家族」
佐藤壮広「死と平和」
金敬黙 コメント
2011年2月18日(金)9:00~17:00(ひめゆり平和祈念資料館、沖縄県平和祈念資料館)
2011年2月19日(土)9:30~19:00(佐喜眞美術館、神猫工房、南風原文化センター)
佐藤壮広「平和思想と通奏低音としての死」
福島在行「「ひめゆり」を展示化すること-ひめゆり平和祈念資料館の平和博物館展示論的検討-」
大川芳子、玉城晃「沖縄県平和祈念資料館の展示のコンセプトと沿革」
大城和喜「町民と作る 文化・平和」
佐喜眞道夫「佐喜眞美術館からみた平和」
花城郁子「"祈り"を"アート"にする、そのプロセスと作品」
研究成果

本年度は3つのテーマを取り上げて研究会を開催した:「平和資源」、「平和展示」、「死と平和」である。「平和資源」は、当共同研究において人類学的平和研究の理論モデルを構成する一分析概念として位置づけられている。この概念を精緻化すると共に、これを用いた事例分析を示すことができた。「平和展示」に関して、ヨーロッパ、韓国、沖縄の事例について詳細に検討し、歴史的・地域的文脈に応じたその変異と類型について明らかにすることができた。「死と平和」というテーマに関し二人の特別講師を招いて、特にアジア太平洋戦争期の戦没者の遺体の扱われ方という題材を通して、文化と権力との絡み合いを分析した。

以上の内容面での成果のほかに、本年度の重要な研究成果と言える点は、この共同研究が異分野間のフォーラム(開かれた対話と議論の場)としてある程度成立したことである。特にそれは第3回の研究会で平和学と文化人類学を専攻する二人の特別講師の間で、一つのテーマに関して生産的な学問的対話が行なわれたこと、また第4回の研究会で沖縄において戦争と平和の展示と表現に携わる現場の従事者とわれわれ共同研究員との間で、実り豊かな交流が実現したことが挙げられる。本年度のこの経験は、成果取りまとめを行なう来年度において力を発揮すると思われる。

2009年度

本年度の共同研究では、「平和の人類学」の分野で共通して扱われるべき問題を研究発表と討論を通してメンバー間で共有することを目指し、また以下の三つの特定的テーマに重点をおいた研究会を開催して議論を深める予定である。(1)市民社会・非国家主体:NGO、自治体などの非国家主体や市民社会組織は平和とどのように関わっているのか。これらの社会領域やアクターに対して人類学的にどうアプローチするか。(2)平和構築と和解:この二つの概念の関係をどのように捉えたらよいか。エスノグラフィー調査から両概念の捉え方と実践のどのような多様性が浮かび上がってくるか。(3)平和の展示:平和の記憶、表現および展示を、戦争との関連でどう再考することができるか。植民地支配、帝国主義と博物館展示との関係をいかに批判的に振り返るか。

【館内研究員】 関雄二
【館外研究員】 足羽與志子、金敬黙、栗本英世、佐藤壮広、芹澤知広、辰巳頼子、田中雅一、外川昌彦、中原聖乃、福島在行、福武慎太郎、福西加代子、麓侑佳
研究会
2009年12月19日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
小田博志「戦後和解と植民地後和解との間―ドイツの市民社会アクターとの関わりで」
金敬黙「市民運動・NGOの原理と行動-1980年代における日本のNGOの誕生と越境を事例に」
2010年2月6日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
2010年2月7日(日)9:30~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
福島在行「人類学的平和展示に向けての予備作業」
関雄二「グアテマラにおけるコミュニティー・ミュージアム建設の試み:内戦後の社会復興プロジェクト」
小田博志「ベルリン、ニューヨーク、ウィントフークで考える「平和」の展示」
芹澤知広「日本の私設民族博物館と中国民具コレクション」
麓侑佳「ヒロシマ・サダコ・折り鶴と「平和」の展示」
福西加代子「日本国内における平和の展示―呉市海事歴史科学館・大和ミュージアムを事例に」
佐藤壮広「平和の発信とパフォーマンス」
全員「平和の展示と人類学的アプローチに関する総合討論」
全員 ワークショップ「国立民族学博物館で平和展示を構想する」
2010年2月20日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
栗本英世「平和構築の理論と実践――南部スーダンの事例からその課題と限界を考える」
足羽與志子「暴力と非暴力のあいだ:人類学的思考と関与と方法について」
研究成果

本年度は3つのテーマ「市民社会・非国家主体」、「平和の展示」、「平和構築と和解」を取り上げて3回の研究会を開催した。

第1回研究会では、ドイツの市民社会における戦後と植民地後の記憶のギャップ、日本の市民運動・NGOと時代的文脈およびメディアとの関係について議論を行なった。

第2回の研究会の初日は、世界各地の「平和」に関わる展示について6人のメンバーから報告があり、2日目に人類学的平和展示を構想するためのワークショップを実施した。そのワークショップでは共同研究員が民博の常設展を実際に見学して、平和展示の観点から議論をした。その際、「安全保障」や「歓待」などの平和に関係する概念を用いて展示物を(再)解説する「オルターナティブ・展示ガイド」のアイディアなどが提起された。

第3回の研究会で報告された南部スーダンの内戦に関する「草の根平和構築」は、平和の人類学を実質化する上で極めて興味深い事例であった。

2008年度

2008年度は3回の研究会を開催する予定である。第1回目の研究会(今年度10月に開催予定)では、趣旨説明とそれに引き続く討論を行なって、研究会の目標の共有化を図り、以後の共同研究会のスケジュールを具体化する。その後の2回の研究会では、平和構築、平和資源、「市民社会」と平和などのテーマに関して、共同研究者の報告と討論を行っていく。

【館内研究員】 関雄二
【館外研究員】 足羽與志子、金敬黙、栗本英世、佐藤壮広、芹澤知広、辰巳頼子、田中雅一、外川昌彦、中原聖乃、福島在行、福武慎太郎、麓侑佳
研究会
2008年11月1日(土)15:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
2008年11月2日(日)10:00~13:00(国立民族学博物館 第1演習室)
「"平和の人類学"の意義・可能性・問題点」小田博志
共同研究の方向性とスケジュールについて全員で検討
2009年1月24日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第7セミナー室)
佐藤壮広「平和の人類学におけるパフォーマンス・アートの可能性」
福島在行「日本における平和博物館研究の動向と課題」
金敬黙「国際政治学における「平和構築」」
全員「今後の共同研究の方針について」
2009年2月28日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第4演習室)
福武慎太郎「紛争後の東ティモールにおける平和構築と和解の概念について」
藤井真一「人類学における平和の研究」
全員「次年度以降の共同研究の計画について」
研究成果

本年度は共同研究のメンバー間で情報と問題を共有し、今後の共同研究会の基盤を作ることに重点を置いた。第1回の共同研究会では小田がこのプロジェクトの目的を示し、人類学的平和研究のこれまでの流れと現状を概説した。第2回では佐藤が、フィールドの人びとが平和について表現するときの、さらには人類学者自身の表現手段としてのパフォーマンス・アートの可能性について音楽の実演を交え報告した。福島の平和博物館に関する報告を通して、「平和の展示」とはいかなるものかという問題が浮上した。金は平和研究で主流を占める国際政治学と人類学が対話をするときの留意点に言及した。第3回では、福武は東ティモールの事例を通して、平和構築と和解に関わる多様なアクターの視点を分析した。藤井は人類学的平和研究のレビュー報告を行なって、戦争と平和を対置させる概念把握の問題点を論じた。要約すると、来年度以降の議論の対象として、平和の定義、平和の表現と展示、他分野に対する人類学的アプローチの説明、平和構築と和解の関連などのテーマと問題を得ることができた。