国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。
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ジェンダー視点による「仕事」の文化人類学的研究

共同研究 代表者 中谷文美

研究プロジェクト一覧

キーワード

ジェンダー、仕事、異文化比較

目的

本研究の目的は、広義の「仕事」をめぐる事象や社会通念が既存のジェンダー規範や政治的・経済的状況の変化との相互作用の中で、どのように変容し、あるいは維持されてきたかという問題に関する詳細な調査成果を比較研究の枠組みで検討することにある。働くことをめぐって経済学、社会学、歴史学、哲学などの諸分野で蓄積されてきた成果を念頭に置きつつも、人類学ならではのアプローチの可能性を模索し提示する試みである。

具体的には、研究対象とする各社会において、(1)「仕事」あるいは「非・仕事」と位置づけられる活動の内容とその担い手の属性の特定、(2)産業化・植民地化・社会主義化・グローバル化などの影響のもとでの特定の活動をめぐる当事者の意識や社会的評価の変容、(3)その過程と当該社会のジェンダー規範とのかかわり、などを共通の問いとして追求しつつ、全体での討論を通じて、広義の「仕事」をめぐる概念と実践の文化的多様性を明らかにしたい。

研究成果

本研究は、現在、仕事/労働を雇用労働・賃労働とみなす認識が働くことをめぐるさまざまな議論の出発点となっている状態から抜け出すために、意識的に仕事/労働の外延を広げる作業を試みるものであった。そのため研究会全体としては「仕事」という語を主として用いたが、仕事と労働の区分のあり方もまた社会によって異なることを踏まえ、包括的かつ通文化的定義を確立することをめざすのではなく、調査対象社会の当事者の経験や視点、働くことのリアリティに寄り添いつつ、仕事/労働を「仕事でないもの」との関係性の中でとらえようとした。
具体的には、さまざまな種類の仕事に対する経済的報酬の有無や多寡に加え、その仕事の担い手(性別、年齢、ライフステージ、社会的地位など)やそれが遂行される場(家庭、コミュニティ、国家の境界の内側と外側、越境の意味)、その仕事を取り巻く社会的・政治的状況(ポスト社会主義、グローバル化など)やジェンダー規範(当該社会の性別分業観や威信構造の変容もしくは再強化)などを議論の俎上に載せ、それらの行為が行為者の生活総体の中でどのように位置づけられ、また社会全体にどのような意味を持つか、そこにどのような変化が生じているかといった問題に取り組んだ。さらにジェンダーの視点を重視することで、単なる性別分業の問い直しのみならず、これまで当然視されてきた労働中心主義とその核となる有償労働が、実は女性化された無償の家事を含む広義の労働との対比のなかで形成されてきたことに光を当て、そうした意識化を通じて現代の労働のあり方全般を再考する有効な手がかりを提示することに努めた。
その結果、次のような論点が明らかになった。

  1. 当該社会の「威信の構造」との連動性
    イタリア人男性に見られる起業志向やブッシュマン社会で相互扶助に貢献できる狩猟採集と「持って帰るものがない」賃労働との価値付けの差などに見られるように、異なるタイプの「仕事」間の序列は、現金収入の多寡よりも、その社会における威信の構造によって決まることがある。他方で、収入の有無、つまり稼ぎそれ自体を特別視する社会もある。
  2. 「場所」の移動と仕事の評価
    仕事が遂行される場所が移動することにより、新たな規範や評価の対象になる場合もあれば、もともとの枠組みを引きずる場合もある。たとえばブルガリアやタイの事例では、女性が村の外に出稼ぎに出ることで「稼ぎ手」としての認知が高まるが、フィリピンやインドネシアの出稼ぎ家事労働者の場合は、中東地域など国外に出ても、家庭内のケア労働に従事することで正当な労働に見合う条件を与えられない。
  3. 担い手の属性と仕事内容の一致をめぐる規範
    ウズベキスタンの女性刺繍職人の夫たちが刺繍製作に関与することをあえて「見せない」ようにする行為から伺えるように、特定の属性を持つ者が「やるべきこと」とみなされない活動に従事する場合は、仕事としての正当な評価が得られない。この点はとくに当該社会のジェンダー秩序との関連で顕著になる。

共同研究の成果としては、現在、論文集を刊行する準備を進めている。

2011年度

本年度は計3回の研究会を実施する予定である。計画の最終年度にあたるため、これまでの報告・討論の内容を踏まえ、重点課題を中心とした研究報告を依頼するほか、成果のとりまとめに向けた総合的討論を重視する。

【館内研究員】 宇田川妙子、鈴木七美、関本照夫、信田敏宏
【館外研究員】 阿良田麻里子、石川登、今堀恵美、木曽恵子、木本喜美子、工藤正子、佐藤斉華、James E.Roberson、嶋田ミカ、松前もゆる、宮治美江子
研究会
2011年6月19日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
森田良成「『怠け者』たちの仕事―インドネシア、西ティモールの出稼ぎ人の事例」
成定洋子「情熱的に働くことについて:沖縄の女性関連施設を事例に」
2012年2月4日(土)10:30~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
2012年2月5日(日)10:00~13:00(国立民族学博物館 第3演習室)
《2月4日(土)・2月5日(日)》
成果発表に向けてのまとめの討論
研究成果

共同研究最終年度となる今年度は、6月の第1回研究会で2人の特別講師を迎え、これまでの研究会で取り上げてきた「仕事」の諸側面に加え、さらに新たな研究視角を提示していただいた。森田氏の報告では、インドネシア、西ティモールの都市部で廃品回収活動に従事しつつ、出身村との往還を繰り返す若年男性たちが都市在住者から「怠け者」と評価されている状況をめぐり、現金収入を稼ぐことの意味づけや「怠け」ながら働くことによって彼らが重視している価値についての考察を行った。成定氏は、沖縄の女性関連施設を事例とし、そこで非正規雇用という低賃金かつ不安定な労働条件であるにもかかわらず、残業や休日出身を厭わない働き方をする女性職員たちがフェミニストとしての理想と現実の狭間でジレンマにさらされる状況を描くと共に、その状況が単に「やりがいの搾取」として分析されるべきものではなく、むしろ従属化における主体形成につながる過程であると結論づけた。
最終回となった2月の第2回研究会では、成果発表に向けてメンバー全員から執筆予定の論文の骨子が提示され、論文集の具体的な構成案を含め、3年半の研究会の議論を踏まえた討論が行われた。

2010年度

本年度は計4回の研究会を実施する予定である。昨年度に引き続き、極力対象地域とトピックを組み合わせた構成とするほか、現メンバーではカバーできない領域については、特別講師を招聘する予定である。

第1回 工場労働とジェンダー(トルコ・日本)
第2回 移動労働と家族・親族形成
第3回 狩猟採集という仕事
第4回 福祉と労働

【館内研究員】 宇田川妙子、鈴木七美、信田敏宏
【館外研究員】 阿良田麻里子、石川登、今堀恵美、木曽恵子、木本喜美子、工藤正子、佐藤斉華、James E.Roberson、嶋田ミカ、関本照夫、松前もゆる、宮治美江子
研究会
2010年6月27日(日)10:00~16:30(国立民族学博物館 第3演習室)
木本喜美子「労働組織のジェンダー分析-小売業を中心として」(仮)
阿良田麻里子「ジョジョバ(幸せな独り者たち)―インドネシア都市部に生きる職業女性の『仕事』と暮らし」
2010年12月11日(土)10:00~18:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
2010年12月12日(日)10:00~15:30(国立民族学博物館 第3セミナー室)
成果取りまとめのための打合せ
中谷文美「『仕事とケアの両立』という生き方―オランダ流ワークライフバランス―」
品田知美「無償労働の変容と日本家族の近代―生活時間の比較を中心に―」
宮治美江子「北アフリカにおける仕事とジェンダー-モロッコとチュニジアの都市の事例から」
2011年1月8日(土)10:30~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
丸山淳子「多様な生計維持活動の併存:ボツワナの再定住地に暮す狩猟採集民サンの事例より」
大村敬一「カナダ・イヌイト社会における二つの労働の離接的統合:『働く(つくる)こと』(hanaRuq)と『狩猟すること』(angunahuaqtuq)」
研究成果

第1回研究会では、木本氏よりこれまでの研究史を踏まえつつ、木本氏自身が取り組んできた小売業を中心とする労働組織の調査研究に関し、ジェンダー視点の導入が持つ意味が具体的かつ説得的に提示された。阿良田氏は、インドネシア都市部に生活する高学歴・有職の単身女性の外食行動を中心とする調査にもとづき、新中間層の量的拡大と現代的な消費生活の浸透、食にまつわる流行などを背景に、女性たちがジェンダー規範に一定程度従いつつも、新たなライフスタイルを実践しつつある状況を報告した。

第2回研究会は一部プログラムを「ウェルビーイング(福祉)の思想とライフデザイン」(代表者:鈴木七美)と合同で開催した。まず中谷報告では、オランダにおける「ワークライフバランス」に関し、これまでの社会政策の変遷と具体的実践の事例が紹介された。品田報告は、生活時間研究の成果を用いて、家事・育児の様式変化と照らし合わせつつ、日本における主婦の家事育児時間の変化を詳細に検討した。宮治氏は、北アフリカのジェンダー役割とそれを支えるイデオロギーの変化が社会・経済的状況の変化とあいまって女性の就労行動や男女の仕事観にどのような影響を与えたかという課題をめぐり、モロッコ、チュニジアでの調査成果を中心に報告した。

第3回研究会は特別講師として丸山淳子氏、大村敬一氏を迎え、二つの狩猟採集社会を対象とする報告と議論が行われた。丸山報告では、セントラル・カラハリ地方のグイ・ガナの調査に基づき、開発計画の対象となったサンの人々が再定住地において経験してきた生計維持活動の再編過程にみられる変化と連続性を論じた。カナダ・イヌイット社会に関する大村報告は、今村仁司の労働論を踏まえつつ、現金の必要性を背景とした賃金労働の拡大が、それ自体を目的とするより生業の維持のために不可欠であると位置づけられていることが明らかにされた。

2009年度

本年度は計4回の研究会を実施する。対象地域とトピックを組み合わせた構成とし、コメンテーターを配置する。テーマに沿って関連分野から特別講師を招聘する予定である。

第1回 ヨーロッパにおける仕事とケア
第2回 アジア地域の移動労働と家族・親族形成
第3回 開発の中の労働:マレーシア・インドネシアを中心に
第4回 全体討論:仕事と仕事でないもの

【館内研究員】 宇田川妙子、鈴木七美、信田敏宏
【館外研究員】 石川登、今堀恵美、木曽恵子、木本喜美子、工藤正子、佐藤斉華、James E.Roberson、嶋田ミカ、関本照夫、松前もゆる、宮治美江子
研究会
2009年5月16日(土)14:00~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
2009年5月17日(日)10:00~16:00(国立民族学博物館 第1演習室)
中谷文美「家事の文化:オランダの事例から」
コメンテーター:森明子
宇田川妙子「労働という概念:イタリアにおける性別分業の再考から」
松前もゆる「体制転換と労働をめぐる位相の変化:ブルガリアの事例から」
2009年7月18日(土)10:00~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
2009年7月19日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第3演習室)
石川登「国際労働移動とlabor reserve―構造的要件としてのジェンダー差とライフコース」
工藤正子「移動する男たちの"仕事"再考―来日パキスタン人出稼ぎ者の事例から」
嶋田ミカ「湾岸諸国における女性、出稼ぎ労働者をめぐる諸問題―インドネシア人とスリランカ人を中心に」
佐藤斉華「カトマンズの家事労働者―その見えにくいプロファイルから見えてくること―」
木曽恵子「グローバル化時代の女性労働の位相とその動態」
2009年10月25日(日)10:00~16:30(岡山大学文学部)
今堀恵美「見えない仕事・見せない仕事―ウズベキスタン刺繍制作における男女の仕事の関わり方」(仮)
関本照夫「職人以前:ジャワの女性バティック労働から考える」
2010年2月13日(土)14:00~17:30(国立民族学博物館 第4演習室)
2010年2月14日(日)10:00~14:00(国立民族学博物館 第4演習室)
「労働の存在論のために」
内山節(特別講師)
研究成果

第1回研究会では、ヨーロッパ諸国、具体的にはオランダ、イタリア、ブルガリアを対象とする調査成果に基づいて、家事を含む広義/狭義の「仕事(イタリアの場合は労働)」をめぐる概念が生活総体にどのように位置づけられるか、その変化の背景要因は何か、といった問題に関する報告が行われた。

「移動労働」をテーマとした第2回には、マレーシア、サラワクの合板生産におけるインドネシア人未婚女性の期間限定的就労、東北タイ農村女性の都会への出稼ぎ、在日パキスタン人男性の有償労働と長男・父としての義務履行という「仕事」、湾岸諸国におけるインドネシア人・スリランカ人女性家事労働者受け入れの問題点、ネパールにおける家事労働への低い社会評価と家事労働者の位置づけの連関、といった問題に関する報告が行われた。

第3回は、「職人」としての仕事の形態に焦点を当て、ウズベキスタンの刺繍製作およびインドネシア、ジャワのバティック製作に関する事例が報告された。

第4回は、特別講師としてお招きした内山節氏より、自身の労働にまつわる研究と思索の跡をたどりつつ、群馬県上野村の事例を通して、市場経済下の労働と生命の営みとしての労働を対比する視点が提示された。続いて研究代表者がこれまでの1年半にわたる報告内容を振り返り、論点の整理を行った。今年度は「仕事とは何か」という問いを念頭に置きつつ、理論的考察にも踏み込んだ事例報告を行ってきたが、どこまで具体的な定義をめざすのか、そのこと自体に意味があるのか、という点をめぐっては、引き続き今後の検討課題としている。

2008年度

初年度の20年度においては、まず第1回研究会で、日本文化人類学会研究大会での分科会における議論の内容を再検証した上で、代表者より全体的な問題枠組の提示を行い、メンバーから各自の調査対象地域・事例および問題関心の簡略な紹介をしてもらうとともに、今後の研究方針・計画を具体的に議論する。

【館内研究員】 宇田川妙子、鈴木七美、信田敏宏
【館外研究員】 石川登、今堀恵美、木曽恵子、木本喜美子、工藤正子、JamesE.Roberson、嶋田ミカ、松前もゆる
研究会
2008年10月25日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
研究代表者による趣旨説明:「仕事」の人類学をめぐって(中谷文美)
2009年2月1日(日)13:00~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
「日本の労働・会社をめぐる人類学的研究の系譜」ジェームズ・ロバーソン
「現代日本における<働くこと>の問題群」熊沢誠
研究成果

共同研究の初年度にあたる今年は、まず第1回研究会(10月25日)において、研究代表者から全体の趣旨説明を行ったあと、メンバー各自がこれまでの研究内容をA4枚程度にまとめた上で紹介し、また本共同研究課題をめぐって個別に取り組むテーマを提示した。その結果、現在の構成メンバーの中で地域的重なりやトピックの重なり・対比によっていくつかの問題群を設定できることが確認された。また、この研究会で得られた知見を伝えていくべき場として、現代日本社会を想定すること、そのため日本における労働状況の把握を意識しながら調査研究を進めていくことが必要であるという点で合意を得た。

第2回研究会(2月1日)では、上記問題意識に立った上で、まずは足元の日本の問題に目を向ける機会を設定した。ジェームズ・ロバーソン氏は、過去40年の日本を対象とする文化人類学的研究の蓄積の中で「仕事」を扱ったものを整理・分析することによって、大企業志向、企業・組織中心主義(労働者そのものが描かれていない)、機能主義的傾向の存在や、非正規社員に注目した研究の少なさなど、批判的レビューを行った。また、特別講師として、ミクロとマクロの視点を交差させながら日本の労働問題研究に長年取り組んでこられた熊沢誠氏(甲南大学名誉教授)をお招きした。熊沢氏は、これまでの研究生活を振り返りつつ、研究方法、独自の視点の置き方や叙述スタイルの特徴などを現実の状況の変化に即しながら紹介するとともに、日本の労働問題の今後の展望も示された。