国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。
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<アサイラム空間>の人類学:社会的包摂をめぐる開発と福祉パラダイムを再考する

共同研究 代表者 内藤直樹

研究プロジェクト一覧

目的

近年、障害者・高齢者・ホームレス・貧困者・移民・難民・先住民など社会的弱者の包摂にむけた支援の強化が、結果として新たな形の排除を生み出す可能性が指摘されている。これまで国家や国際機関は、様々な社会的弱者を、生産性を欠く「逸脱者」と位置づけ、「アサイラム(全制的施設)」に隔離し、教育・訓練・治療などの「対処」をおこなうことで社会的に包摂しようとした。だが近年の開発や福祉のパラダイムでは、(1)「逸脱者」の範囲の拡大とともに、(2)アサイラム的機能が脱領域化している。こうした包摂の強化は、社会的弱者が孤立した生を営む空間を地域社会に構築する危険性があるという。

本研究は、上記のような脱領域化した社会的弱者への「対処」の空間を<アサイラム空間>として概念化し、障害者福祉施設・野宿者一時宿泊施設・難民キャンプ・先住民定住地などの成立要因が異なる現場を、共通性を持つフィールドとして捉え直す。そのうえで、空間の多様な現れを比較検討することで、近年の社会的弱者の包摂をめぐる開発・福祉パラダイムの問題点を措定し、新たな民族誌の地平を開拓する。

研究成果

近代国家が被収容者を庇護したり、逆に被収容者から他の国民を庇護するために構築した全制的施設では、被収容者の「自己決定」や「自律」といった近代市民社会が構築した主体の自由を否定することが許される(ゴフマン, 1984)。だがグローバリゼーションは近代国家の枠組みから排除された移民・難民や、「新しい貧者」と呼ばれる労働市場から疎外された人びとなどの新たな「社会的弱者」を生み出しつつ、これまで社会的包摂の主体として考えられてきた国家のあり方にも変更を迫っている。

本共同研究会では、難民支援・開発・福祉に関わるさまざまな現場をフィールドとする若手研究者から、これまで「一時的」なものとして想定されていた全制的施設への滞在が長期化し、人びとがそこから包括社会に帰還することが困難になる状況が報告された。また統治の技法や情報テクノロジーの進展とともに、権力による介入の透明化が進むなかで、多くの人びとが「退所」する場所なき不可視の全制的施設の「被収容者」としての生を営んでいる可能性が指摘された。

本共同研究会は、全制的施設における「被収容者」と「職員」間のコミュニケーションなかで、既存の制度や組織が改変されたり、その場の秩序が形成される可能性(ゴフマン, 1984)に注目した。とくに近年の難民支援・開発・福祉などの「社会的弱者」の包摂にかかわる分野においては、NGOやボランティアなど、市民が国家の役割を代行することにある種の可能性が見出されている。この点を考慮すれば、私たちは権力の網の目から逃れ得ない「被収容者」であると同時に、そうした人びとに対するケアをおこなう「職員」としての二重の生を営んでいるといえよう。すなわち現代的な排除と包摂現象を人類学的な視点から捉える際には、ともすればサバルタンである「被収容者」だけに注目しがちな旧弊を廃し、同じ場を構成する「職員」の実践にも注目する必要があることが明らかとなった。

そして本共同研究会では、広い意味での全制的施設への滞在を強いられ続けている人びとが、国家を含む諸アクターとの交渉や葛藤のなかで生きる場を創りあげる実践の可能性について比較検討をおこなった。この研究成果は野宿者・難民・先住民・障がい者といった市民社会の法・規則に従えば存在や権利が認められない人びとをも含んだ多元的な「参加者」による競合・葛藤・交渉による民主主義の再編の可能性についての考察に結実しつつある。さらに今後は、グローバルな状況における「自己」と「他者」の自由の相克をめぐる問題を止揚し、新たな<自由> 概念を構築しようとする議論に展開する可能性がある。

2010年度・2011年度

日本における野宿者の保護と隔離をめぐる社会問題にかんする専門家2名を特別講師2名として招聘し、さまざまな文脈における「社会的弱者」の保護と隔離をめぐる問題に共通する問題系に関する議論をおこなう。

その後、各メンバーおよび特別講師の一部は論文を執筆する。そして2011年6月と9月の共同研究会では、これまでの議論を総括しながら論文の草稿を検討する。それをふまえて論文を加筆・修正し、共同研究終了後に『国立民族学博物館研究報告』などの媒体に投稿する。

  1. 2010年11月:特別講師による発表
  2. 2011年6月:内藤・飯嶋・岩佐・中山論文の合評会
  3. 2011年9月:村尾・間宮・山北・佐川論文の合評会
【共同研究員】 岩佐光広、飯嶋秀治、村尾るみこ、山北輝裕、中山裕美、間宮郁子、佐川徹、丸山淳子
研究会
2010年4月3日(土)14:00~18:10(国立民族学博物館 第3演習室)
2010年4月4日(日)10:30~15:30(国立民族学博物館 第3演習室)
中山裕美「難民と<アサイラム空間>(仮)」
久保忠行「難民キャンプのアサイラム性(仮)」
村尾るみこ「自主的定着難民の生計活動にみられる創造的な側面」
山北輝裕「現代日本の野宿者と<アサイラム空間>」
全員「<アサイラム空間>をマッピングする」
2011年7月2日(土)11:00~17:00(国立民族学博物館 第3演習室)
中間報告(文化人類学会)を踏まえた<アサイラム/アジール空間>の再検討(全員)
間宮郁子『壁の向こうへ』:日本における障害者の社会的包接/排除の展開
成果出版の企画会議(全員)
2010年7月24日(土)13:00~18:50(国立民族学博物館 第4演習室)
2010年7月25日(日)10:00~16:30(国立民族学博物館 第4演習室)
内藤直樹「『分類』がひらく世界:グローバル空間における保護と拘束の諸相」
岩佐光広「<同意>で開かれるアサイラム空間―グローバル社会における臓器移植を例に」
丸山淳子「『先住民』の生きる場:ブッシュマンをめぐるアサイラムとアサイラム空間」
佐川徹「辺境の『再国土化』?-東アフリカ牧畜地域の武装解除と土地強奪」
山本直美「古典的アサイラムの鏡像:"吹き溜まり"ユリノキ村と"修養者団体"一燈園」
岡部真由美「変動する<アサイラム空間>の境界:タイにおける開発の進展と僧侶による寺院を越えた社会関係の構築」
有薗真代「壁の内と外をつなぐ実践-患者運動・文化的活動・生活実践を事例として」
全員「総合討論」
2011年9月24日(土)11:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
2011年9月25日(日)10:00~16:00(国立民族学博物館 大演習室)
《9月24日(土)》
有薗真代「ハンセン氏病療養所:被収容者による文化・社会運動」
久保忠行「隣に難民がやってきた:日本の第三国定住者をめぐる排除と包摂の諸相」
成果出版「社会的包摂/排除の人類学:難民・開発・福祉」の草稿合評会(全員)
《9月25日(日)》
北川由紀彦「行政によるホームレスの包摂と排除:東京都によるホームレス支援」
成果出版「社会的包摂/排除の人類学:難民・開発・福祉」の草稿合評会(全員)
2010年11月28日(日)10:00~16:00(国立民族学博物館 第1演習室)
北川由紀彦「『ホームレス対策』と社会的排除 東京を事例に」
山北輝裕「コメント」
中間報告にむけての議論
研究成果

今年度の共同研究会では、全制的施設における「被収容者」と「職員」間のコミュニケーションなかで、既存の制度や組織が改変されたり、その場の秩序が形成される可能性(ゴフマン, 1984)に注目した。近年の難民支援・開発・福祉などの「社会的弱者」の包摂にかかわる分野においては、NGOやボランティアなど、市民が国家の役割を代行することにある種の可能性が見出されている。この点を考慮すれば、私たちは権力の網の目から逃れ得ない「被収容者」であると同時に、そうした人びとに対するケアをおこなう「職員」としての二重の生を営んでいるといえよう。すなわち近年の排除と包摂現象を人類学的な視点から捉える際には、ともすればサバルタンである「被収容者」だけに注目しがちな旧弊を廃し、同じ場を構成する「職員」の実践にも注目する必要があることが明らかとなった。

本共同研究の中間報告として、日本文化人類学会 第 45 回学術大会において「<アサイラム/アジーール空間>の人類学:グローバリゼーション、国家、社会的排除/包摂」と題する分科会を開催した。

2009年度

社会的弱者の包摂をめぐる諸問題は、これまでに開発・援助や医療・福祉に関するさまざまな領域において検討されてきた。各領域単位では脱施設化・難民の地域統合・先住民の権利・脱開発などの重要な指摘が見られるが、今日の社会的弱者の包摂をめぐる包括的なパラダイムの把握には至っていない。

本共同研究は、孤立した社会的弱者が地域社会に遍在する近年の状況を、我々自身が「当事者として関与する問題系」として把握するために、<アサイラム空間>という概念をもちいて多様な領域・現場における事例を比較検討し、その特徴や問題点を解明する。

初年度は国立民族学博物館において4回の共同研究会を開催する。研究の理論的な基盤を確認・共有するため、(1)近代国家の統治をめぐる古典的な議論や、(2)「後期近代」における社会のあり方をめぐる議論などを整理し、それらを開発や福祉領域の文脈に引きつけて議論する。そのうえで多様な地域と領域における<アサイラム空間>の事例を比較検討する。

【共同研究員】 岩佐光広、飯嶋秀治、村尾るみこ、山北輝裕、中山裕美、間宮郁子、佐川徹
研究会
2009年11月21日(土)14:00~18:10(国立民族学博物館 第3演習室)
2009年11月22日(日)10:00~15:30(国立民族学博物館 第3演習室)
内藤直樹「強制収容所とユートピアのはざま―<アサイラム空間>はどこか?」
飯島秀治「野宿者・オーストラリア先住民・児童養護施設―その排除と包摂の論理」
間宮郁子「日本における精神医療・福祉領域の支援パラダイムと社会規範-「脱施設化」後を生きる精神障害者たち」
岩佐光広「社会的苦悩と道徳的実践」
丸山淳子「南部アフリカにおける「先住民」の排除と包摂」
研究成果

今年度の課題は、これまで別個に議論されてきたグローバルな移民、国籍・先住民と開発あるいは貧困・障害・福祉などをめぐる議論を空間論的な視点から統合することであった。そこで今年度は合計3回の共同研究を開催し、難民・ホームレス・病者・先住民といった「社会的弱者」の保護にかかわる空間が構築される現場における民族誌的研究の比較検討をおこなった。

ここでいう「社会的弱者」とは、今日の領域国家による統治を前提とした秩序のなかで、生産性のある国民としての能力や資格を喪失した人びととして定義することができる。近代国家はそのような人びとを一時的に病院・学校・難民キャンプ・就労支援センター・先住民居住地といった全体社会の「外部」に「一時的に」隔離し、そこで再び国民としての能力や資格を付与して社会的包摂をおこなう一方で、それに値しないと判断された人びとを不可視化あるいは追放することによって社会的に排除してきたという。「社会的弱者」の保護をめぐるさまざまな現場からの報告によって、これまで「一時的」なものとして想定されていた社会の「外部」への滞在が長期化し、人びとがそこから全体社会に帰還することが困難になっている状況が明らかになった。

次年度は社会の「外部」としてのアサイラム空間が1.どのような権力・言説・物理的構成の配置によって構成されているか、2.そこに長期にわたって留め置かれる人びとがいかなる生を営んでいるのか、また3.現代における社会からの「一時退出」はいかに可能かという点について検討する。