国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

中国における民族文化の資源化とポリティクス―南部地域を中心とした人類学・歴史学的研究

共同研究 代表者 塚田誠之

研究プロジェクト一覧

キーワード

中国南部、文化資源、ポリティクス

目的

中国は少数民族や漢族など多くの民族集団が存在する多民族国家である。それら民族集団の文化は、近現代において資源化され続けてきたのであり、グローバル化の進む現在もその動きが進行中である。文化資源の多様性やその生成と変貌のありようについては前回の共同研究で一定程度明らかにし得た。その成果をふまえて、現代の流動的な中国諸民族の社会において、文化がどのように資源化されて利用されているのか、またそこにいかなるポリティクスが働いているのかのダイナミズムについて深く掘り下げた検討が必要である。本プロジェクトでは華南地域の諸民族の文化資源について、文化がどのように保存・発展・利用され資源化されているのか、また文化の資源化に際してさまざまな主体、すなわち中央、地方の各級政府、知識人、企業、一般民(都市住民、農民等)の間でいかなるせめぎあいが見られるのか、民族学と歴史学の共同作業を通じ検討を加えて解明するとともに、文化資源論への新たな展望を得ることを目指したい。

研究成果

研究会の目的は、現代の中国諸民族の社会において、文化がどのように保存・発展・利用され資源化されているのか、またそこにいかなるポリティクスが働いているのかのダイナミズムについて深く掘り下げた検討をすることにある。2年半の研究会におけるのべ19本の報告を通じて、以下のことが明らかになった。

第一に、中国諸民族の文化の資源化の実態と特徴が、幅広い民族・地域の事例から明らかにされた。民族で言えば、漢、チワン、タイ、トン、ヤオ、ハニ、イ、ミャオ、プイ、ラフ、ペーなど中国南部の主な民族が取り上げられ、中国南部全域のほか、ベトナム、タイの民族も取り上げられた。

第二に、民族文化のさまざまな側面が資源化されている現状とそれに関わる問題点が明らかにされた。民族の祭り、歌舞、歴史的人物、伝承上の祖先や故地、景勝地、伝統文化、歴史、族譜、民間知識、生態博物館といった多様な側面の資源化に関する最新の調査に基づく報告を通じて、文化の資源化がいかに進行中で、いかなる問題点を抱えているのかを理解することが可能になった。

第三に、文化資源をめぐって、一般の人々(都市住民、農民等)、知識人や企業、さらには中央、地方の各級政府といった諸主体間でのせめぎあいや協同など複雑な関係が見られることが明らかにされた。せめぎあいは、特定の地域内部にととまらず省区を越えた広い範囲でも生じている。協同する場合でも、資源化に企業が主導し、政府が管理し、村人が参与するという協力関係にあっても人々は政府や企業の敷いたレールに沿って動いていることが挙げられる。なお、政府対住民という二項対立的な関係ばかりでは必ずしもなく、住民の代表が政府の下部に位置するという意味での連続性も見られた。

第四に、政府や知識人が資源化に果たす役割が大きく、一般の人々の主体的な参与や自文化に対する自覚は端緒についたばかりであることが明らかにされた。もっぱら政府や知識人が資源化や文化の再編・創造にとりくんでいる場合が少なくなく、中には政府が人々の志向とは無関係に文化資源の「創造」を行う場合も見られた。この点は中国における文化の資源化が誰のためのものかという問題点を示している。

このように資源化の諸相、資源化をめぐる諸主体のありよう、政府や知識人の役割など、中国諸民族の文化の資源化の実態と特徴が、幅広い民族・地域の事例から明らかにされた。さらに、国民文化や国家の公定の歴史、国家のなかの地域といった、一民族、地域の事例を通して国家の抱えている大きな問題につながる点の検討がなされた。くわえて、中国的な権力構造や知識人のあり方の解明へ近づいたということが出来よう。「民族」内部の様々な立場の人々が展開する複雑な動きを把握することは、中国の「民族」の理解を一層深めるであろう。

2012年度

本年度は最終年度にあたり、まずメンバーのうち未発表者の研究発表を行う。これまで十分に議論されなかった諸問題、すなわち文化資源としての族譜とその活用、非物質文化遺産登録をめぐるポリティクス、「生態博物館」をめぐるポリティクスと地元への影響、四川?川震災後の移住地における村落の再構築、中越国境地域における国境観光の現状とポリティクス、さらに跨境民族の一つであるユーミエンのタイと中国との儀礼と伝承に関する知識の資源利用の比較などを検討する予定である。と同時に、民族の風俗習慣・生活文化がいかに資源化され公共財として管理・運営の対象になってきたかについてもより掘り下げた検討を行う。これらの検討を通じて文化がどのように資源化されているのか、またそこにいかなるポリティクスが働いているのかのダイナミズムについて理解を深め、中国的な権力構造や知識人のあり方の解明を目指す。また特別講師1名の招聘を検討している。さらに、最終年度であるため、成果のとりまとめに関する打ち合わせを行う。

【館内研究員】 樫永真佐夫、韓敏、横山廣子
【館外研究員】 稲村務、上野稔弘、片岡樹、兼重努、瀬川昌久、曽士才、孫潔、高山陽子、武内房司、谷口裕久、長谷千代子、長沼さやか、野本敬、長谷川清、松岡正子、吉野晃
研究会
2012年6月16日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
廖国一(特別講師、国立民族学博物館外国人研究員)「キン(京)族の伝統文化の資源化とその影響─中国広西東興市万尾村を事例として」
瀬川昌久(東北大学)「氏姓のポリティックス─現代中国における文化資源としての族譜とその活用」
2012年11月17日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
塚田誠之(国立民族学博物館) 「国境地域における観光をめぐる諸問題――徳天跨国瀑布観光の事例から」
横山廣子(国立民族学博物館)「湖南ペー族における民族文化とポリティクス」
曽士才(法政大学)「生態博物館の17年」
2013年1月26日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
研究成果のとりまとめに関する打合せ
吉野晃(東京学芸大学)「中国ヤオ族の民族文化資源に関する動向の一端」
長谷川清(文教大学)「<森>の資源化と精霊祭祀――中国・西双版納、タイ族の事例から」
2013年3月2日(土)14:00~17:00(文教大学文学部(越谷キャンパス)3号館 長谷川研究室)
長谷川清「文化をめぐるポリティクス―雲南徳宏タイ族自治州を事例として」(仮題)
研究成果のとりまとめに関する打ち合わせ
研究成果

第一に、民族文化のさまざまな側面が資源化されている現状と問題点が明らかにされた。
廖は、広西のキン族の国家無形文化遺産「哈節」(歌祭り)の近年の実情について検討した。瀬川は、広東の漢族やショオ族の族譜を検討した。塚田は、中越国境地域にある著名な観光地・徳天瀑布を事例として、国境の瀑布観光の現状を検討した。横山は、13世紀半ばに雲南省からモンゴル軍の遠征に参加して湖南省に移住したペー族について、移住先での民族文化の再構築について検討した。曽は、民族文化の保護を目的に貴州で創設された4か所の生態博物館の歴史と現状について検討した。吉野は、中国のヤオ族の文化資源の動向として、ヤオ族の故地「千家洞」の資源化や、伝承上の祖先「盤王」の多義性について検討した。長谷川は、雲南西双版納のタイ族地区の原生林の保護をめぐって近年提唱されている「竜林文化」に関する議論や精霊祭祀の変遷について検討した。また、長谷川は雲南徳宏タイ族自治州の内部資料に基づき、文化に政治が関わっている現状を検討した。
第二に、文化資源をめぐって、一般の人々、知識人や企業、さらには各級政府といった諸主体間でのせめぎあいや協同など複雑な関係が見られることが明らかにされた。廖は、政府主体の祭りの商業化や民族文化とは無関係のイベントの開催によって人々との間にせめぎあいが生じていることを検討した。塚田は、瀑布の資源化をめぐって、企業が主導し、政府が管理し、村人が参与するという協同関係を検討した。
第三に、政府や知識人が資源化に果たす役割が大きいことが明らかにされた。瀬川は、ショオ族の少数民族籍獲得運動や客家の漢族としての正統性の主張といった動きの中で族譜が重要なツールとして用いられているが、そうした動きに地方政府や学者が参与していることを検討した。横山は、ペー族の文化の再編や創造に知識人が重要な役割をはたしていることを検討した。曽は、生態博物館が学者が提言し政府が取り組んでいる実態を検討した。吉野は、「千家洞」の資源化に湖南や広西の各県の政府や学者が参与していることを検討した。
このように資源化の諸相、資源化をめぐる諸主体のありよう、政府や知識人の役割など、中国諸民族の文化の資源化の実態と特徴が、幅広い民族・地域の事例から明らかにされた。

2011年度

本研究では、文化資源を、文字による記録・モニュメント・衣装や技術・写真映像等の有形無形の表象形式など、民族の過去の記憶や自らの同時代的経験を文化として継承し発信することを可能とする資料の総体として位置付けている。本年度は、華南地域の諸民族の文化資源について、文化がどのように保存・発展・利用され資源化されているのか、また文化の資源化に際してさまざまな主体、すなわち中央、地方の各級政府、知識人、企業、一般民(都市住民、農民等)の間でいかなるせめぎあいが見られるのかという研究目的に即して、華南各地の各民族ないし地域のありようを具体的かつ最新の事例を多く報告する。すなわち、文化の資源化と諸主体間のせめぎあいの各地でのありよう、多様性の理解に重点を置きたい。その際に、人類学的共時的アプローチのみならず、歴史学の通時的アプローチによる検討をも適宜取り入れ、時代による多様性をも検討する。

【館内研究員】 樫永真佐夫、韓敏、横山廣子
【館外研究員】 稲村務、上野稔弘、片岡樹、兼重努、瀬川昌久、曽士才、孫潔、高山陽子、武内房司、谷口裕久、長沼さやか、長谷千代子、野本敬、長谷川清、松岡正子、吉野晃
研究会
2011年7月2日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
長沼さやか(日本学術振興会特別研究員、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)「漢族文化資源としての宗族―国民文化形成とエスニシティの視点から」
野本敬(帝京大学)「イ族史叙述にみる「歴史」とその資源化」
2011年11月12日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
兼重努氏(滋賀医科大学)「行政区画と民族文化資源―西南中国トン族の事例から」
上野稔弘氏(東北大学東北アジア研究センター)「民族誌的記憶の更新――『中国少数民族問題五種叢書』の改訂をめぐって」
2012年1月7日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
高山陽子(亜細亜大学)「文化資源としての戦跡―旅順観光の事例から―」
韓敏(国立民族学博物館)「項羽の記憶、祭祀と観光化」
2012年3月3日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
片岡樹(京都大学)「ラフ族文化資源素描」
谷口裕久(立命館大学)「「民族文化」継承と創生の諸相―雲南省「ミャオ(苗)族」の事例から」
研究成果

第一に、民族文化が観光資源とされている現状と問題点が明らかにされた。高山は、日露戦争の戦跡をめぐる観光について中国・旅順を事例として検討した。韓敏は、項羽が戦没した安徽省和県烏江鎮における項羽の記憶、祭祀と伝説を整理した上で、当地域の項羽観光化のプロセス、地域社会へ与える影響について検討した。兼重は、複数の省区にまたがって居住するトン族の鼓楼・風雨橋やトン族大歌などの観光資源について、地域文化として資源化されている現状と国家級無形文化遺産への申請争いなどに見られる諸地域間のせめぎあいを検討した。第二に、民族文化の資源化の現状が明らかにされた。長沼は、漢族的な宗族や族譜、年中行事を資源とみなし、広東珠江デルタに居住する水上居民を対象として、政府による年中行事の休日化制定の政策によって水上居民も年中行事を行うことが可能になり、漢族の伝統文化を資源化することに成功したことを検討した。谷口は、ミャオ族の起源神話・音楽・苗医など伝統文化の継承とグローバル化のもと現代的な新たな文化をイベント、コンテスト化など資源化している現状を検討した。片岡はラフ族について、史跡を資源として生かせずに瓢箪のモニュメントを民族のシンボルとして用いる現状について検討した。第三に、歴史の資源化の現状が論じられた。野本はイ族史研究のいくつかの方向性を事例として、イ族自身が地域起こしも見込んだ戦略的な歴史を構築する動きや研究者間でのせめぎあいを検討した。さらに上野は、国家民族事務委員会が主導する事業で公定の民族誌たる『中国民族問題五種叢書』について修訂・再販された経緯と意義について検討した。このように観光、民族文化、歴史について資源化とその背景にある当事者の動向が、幅広い民族・地域の事例から明らかにされた。

2010年度

2010年度は初年度にあたり、研究の目的をメンバ-が共有し、課題について理解を深めることを目的とし、研究会を3回実施する。

【館内研究員】 樫永真佐夫、韓敏、塚田誠之、横山廣子
【館外研究員】 稲村務、上野稔弘、片岡樹、兼重努、瀬川昌久、曽士才、孫潔、高山陽子、武内房司、谷口裕久、長谷千代子、長沼さやか、野本敬、長谷川清、松岡正子、吉野晃
研究会
2010年10月23日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
長谷千代子(九州大学)「観光資源としての上座仏教建築―徳宏州の事例から」
樫永真佐夫(国立民族学博物館)「ベトナムにおける民族文化の資源化と観光開発-マイチャウとソンラーの事例から」
2011年1月8日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
孫潔(佛教大学)「棚田イメージの資源化―雲南省元陽県における撮影観光を中心に」
稲村務(琉球大学)「ハニにおける薬草知識をめぐるポリティクス」
研究成果

長谷は雲南省徳宏州における観光資源としての上座部仏教建築を扱い、宗教文化を観光資源に利用する風潮のもと、仏教式とも伝統的とも言えない建築物が出現している現象にふれたうえで、ある村の寺院建築の動きとそれにともなう村の人々の動向を検討した。樫永はベトナムのマイチャウ(白タイ中心)とソンラー(黒タイ中心)の2地域の事例から、フランスに移住した黒タイ知識人の動向も交えて、民族の儀礼や舞踊・織物・食物を資源として観光化がなされてきた経緯と現状を検討した。孫は雲南の元陽県の棚田における観光化、とくに耕作される棚田からいかに観光名所として撮影の対象地に変化しており、誰がどのように関わっているかを検討した。稲村は、雲南のハニ族の資源としての薬草知識を検討し、法的位置づけ、民間の宗教的職能者や産学官の一体化を目指す知識人の動きを検討した。

異なる立場の人々のせめぎあいについて、たとえば樫永が、少数民族の文化にあまり関心のないキン族の旅行業者が観光に介在し観光客がキン族式の食事や舞踊を求める傾向があることを指摘し、孫が棚田観光をめぐる政府・地元民・観光業者の異なる姿勢について指摘するなど、それぞれの発表において重点的に取り上げられ、活発な議論が行われた。