国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

NGO活動の現場に関する人類学的研究――グローバル支援の時代における新たな関係性への視座

研究期間:2011.10-2015.3 代表者 信田敏宏

研究プロジェクト一覧

キーワード

NGO、グローバル支援、市民社会

目的

グローバルな支援の輪が地球規模で広がっている今日、NGOの活動域は、人類学が伝統的に研究のフィールドとしてきた世界各地の周辺地域にまで及んでいる。人類学が対象とするフィールドの人びとは、NGOによるボランティア活動や支援活動を媒介として、血縁や地縁に基づく従来の関係性を超えて新たな関係性を構築するようになってきており、NGO活動に関わる人びとは、グローバルな社会的ネットワークの中に自らを世界とつながる存在として位置づけるようになってきている。一方、人類学者はフィールドワークの傍らで、ローカルNGOや国際NGOが様々な支援活動を行なっているのを目にするようになり、時には人類学者自身もNGOの活動に深く関わり、場合によっては自らが支援のエージェントとなっている。こうしたNGOと人類学が接近しつつある今日的状況を鑑みて、本研究では、NGO活動の現場における人びとの新たな関係性とグローバル支援のメカニズムを、人類学のミクロな視点を生かしてローカルな現場から解明していくことを目的とする。また、新しい電子メディアを通じて人びとが国境を越えて直接むすびつく「草の根レベルのグローバリゼーション」が進行する中で、国家や世界秩序の変革・再編にNGOをはじめとする市民社会の諸アクターがどのような役割を果たしているのかを探究することも大きな目的となっている。

研究成果

グローバル化に伴い、地域や国、民族やジェンダーの境界にとらわれない新しいタイプの支援活動が地球上の隅々にまで広がりを見せている。本研究では、研究開始当初から、こうした現象を捉えるための概念として「グローバル支援」を創出し、それがいかなるものであるのかについて議論する機会を何度か設けた。その結果、「グローバル支援」とは、単にグローバルに展開する支援活動を意味するだけでなく、貧困削減、環境保全、疾病対策、教育、先住民の権利、災害支援など、普遍的でグローバルに受け入れられている課題や価値に基づき、主として人々のエンパワーメントを目指す支援活動を意味するとの考え方を共有していくことになった。その後の研究会では、「グローバル支援」の概念を共有しながら、それぞれのメンバーによる世界各地の事例報告を基に、NGOなどの支援のアクターの多様性や多層性、さらには支援の現場において新たな関係性が構築する様相について議論を重ねていった。
一方、情報のグローバル化が進むなか、本研究では、人間のイマジネーションが従来とは異なる新たな協力関係を生み出していることにも注目した。例えば、海外で支援活動を行なうNGOに寄付をしたり、ボランティアとして支援活動に参加するといったように、人々は身近にいる家族や親族、仲間を助けたりするだけでなく、遠くの地に暮らす見知らぬ他者に対しても親近感を持ち、協力の手を差し伸べている。このような人間のグローバルなレベルでの協力行為は、人類の歴史を振り返っても、近代以降の比較的最近になって出現してきた現象であると考えられる。約20万年前に誕生した現生人類は、世界中に拡散し、戦争や競争の時代を生きながらも、協力や助け合い、分かち合い(シェアリング)によって現在まで生き延びてきた。近年、考古学、霊長類学、脳科学、心理学などの分野で、人類がその進化の過程で受け継いできた「協力行動(利他的行動)」や「分かち合い」への注目が集まっている。本研究においても、人類学の立場からこうしたテーマにアプローチしようと試みたが、この点に関しては、多くの課題が残された。 いずれにしても、本研究の特色は、NGOを対象とした従来の研究にありがちな個別事例の報告に終始することなく、メンバー全員が、人類史の新たな局面、すなわち、人類の助け合いがグローバルな規模で拡大・浸透している今日の状況を問題意識の中核に置きながら、個々の事例を論じようとした点にある。

2014年度

最終年度である本年度は合計2回の研究会を計画している。昨年度に引き続き、対象地域やトピックごとに分けて研究発表と討議を行なう予定である。また、個別発表と平行しながら、本研究会の取りまとめに向けた議論も行なうことも計画している。なお、年度の最終の研究会は、研究ワークショップとして一般公開することを計画している。

【館内研究員】 宇田川妙子、鈴木紀
【館外研究員】 綾部真雄、小河久志、加藤剛、清水展、内藤直樹、中川理、子島進、福武慎太郎、藤掛洋子、増田和也、三浦敦、渡邊登、関根久雄
研究会
2014年10月5日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
白川千尋「国際協力NGOの担い手の『世代間差異』をめぐる試論」(仮題)
三浦敦「市民社会論と農民支援―フィリピンとセネガルの市民社会とグローバル支援」
全員「全体討論」
全員「論集出版に向けての話し合い」
2014年12月6日(土)10:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
全員「論集出版に向けての話し合い」
関根久雄「なぜ持続しないのか――ソロモン諸島における開発NGOの実践と矛盾」
中川理「グローバル市民社会の想像力と『国家の外』の想像力――フランス農民のケース」
綾部真雄「裂け目に分け入る――リス、『私』、そしてNGO」
全員「全体討論」
研究成果

最終年度の本年度は、本研究会の若手メンバーの「ストリート的なるもの」をめぐるインテンシブなフィールドワークに基づく6本の発表を得て、新鮮で活発な討議が展開された。根本はインド社会の最周辺化されたダリトの間で仏教をストリート僧として生きる佐々井秀麗に学びつつ、ストリート研究のコミットメントの問題に肉薄した。朝日は、東京コリアンタウンの表象と実態のずれに注目しつつ多様な次元の文脈がずれたまま共存しながらストリートの盛衰が起こるアンヴィバレントな様相を描写した。姜は、街頭紙芝居と淡路人形伝統などを踏まえ漂白芸能にまつわるノスタルジアが内包する人が内発的に集まり生きる遊動性の原義を探求した。丸山は、イギリスのホームレスの空き家占拠というスクウォット運動のうちにネオリベ的遊動性への根本的抵抗を示す。鈴木もまた、ネオリベ経済の進展の中で逆説的に発現している伝統野菜の復興の背景を探って、二重の遊動性の差異を析出することを試みた。西垣には、本研究会の総括的な議論を依頼したがそれを見事に果たしてアパドゥライのローカリティと近傍の議論を深化させて、ストリート人類学の探求の焦点の所在を存在論的遊動性にあることを明示しようとした。野村と関根が最後にストリート人類学は何に挑戦しようとしているかを総括的に論じてまとめた。

2013年度

本年度は合計5回の研究会を計画している。昨年度に引き続き、対象地域やトピックごとに分けて研究発表と討議を行なう予定である。また、個別発表と平行して、「グローバル支援」「パブリックスケープ」「協力の人類史」などのテーマをめぐってメンバー全員で討議する機会を設けることも計画している。さらに、必要に応じて、人類学者ばかりでなく、隣接分野の研究者や実務者などを特別講師として招聘する計画である。なお、年度の最終の研究会(2日間)は公開で行なうことを計画している。

【館内研究員】 宇田川妙子、鈴木紀
【館外研究員】 綾部真雄、小河久志、加藤剛、清水展、杉田映理、内藤直樹、中川理、子島進、福武慎太郎、藤掛洋子、増田和也、三浦敦、渡邊登、関根久雄
研究会
2013年5月18日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
今年度の研究計画
渡邊登「韓国における地域社会のイニシアティブ―韓国全羅北道扶安郡放射性廃棄物建設反対運動を事例として―」
子島進「被災地におけるジャパン・イスラミック・トラストの活動」
総合討論
2013年7月21日(日)13:00~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
信田敏宏 「グローバルとローカル」
増田和也「『まなびあい』という関わり:双方向の気づきとそれぞれの展開」
内藤直樹「『黄昏を生きる力』:徳島沿岸部における南海トラフ地震予測の影響」
総合討論
2014年2月8日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
福武慎太郎「NGOと社会運動の人類学は何をめざすのかー東ティモールの地域開発プロジェクトと福島第一原発事故広域避難者支援の現場から考える」
清水展「公共人類学?~~もとい応答する人類学の試み: ピナトゥボとイフガオへのコミットメントの経験から」
総合討論
研究成果

本年度は、合計3回の研究会を実施した。昨年度までは、研究会の議論の方向性を共有することに力点が置かれていたが、本年度は、個別発表を中心に議論を進めていった。5月には、渡邊が韓国の社会運動、子島が日本のイスラーム団体の活動をそれぞれ報告した。また、7月には、増田がインドネシアの農村を支援する日本のNGO、内藤が徳島大学の学生を中心とした支援活動を報告した。2月には、福武が東ティモールと日本の支援の現場について、清水がフィリピンの少数民族への支援活動について、いずれも人類学者の役割に焦点を当てながら報告した。本年度は、NGO活動の現場における研究者の役割について、集中的な議論を行なった。各地域の様々な事例に検討を加えながら、メンバー各自が問題意識を再認識し、さらにそうした知見を共有することにより、最終報告へ向けた議論を進めることもできた。

2012年度

本年度は合計5回の研究会を計画している。アジア、アフリカ、ヨーロッパ、さらには市民運動、国際ボランティア、グローバリゼーションといった形で、対象地域やトピックごとに分けて研究発表と討議を行なう予定である。また、「グローバル支援の時代」という今日的状況を、人類史的視点で議論する機会を設けることも計画している。さらに、必要に応じて、社会運動論や開発学といった隣接分野の研究者や実践者・実務家などを特別講師として招聘する計画もある。なお、年度の最終の研究会(2日間)は、研究ワークショップとして一般公開することを計画している。

【館内研究員】 宇田川妙子、白川千尋、鈴木紀
【館外研究員】 綾部真雄、小河久志、加藤剛、清水展、杉田映理、内藤直樹、中川理、子島進、福武慎太郎、藤掛洋子、増田和也、三浦敦、渡邊登、関根久雄
研究会
2012年6月16日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
子島進「国際協力を地続きのものとする理念と実践―JFSA西村光夫さんの事例から」
メンバー全員「ディスカッション」
2012年7月21日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
宇田川妙子「イタリアの『第三セクター』の動き」
中川理「コメント」
メンバー全員「ディスカッション」
2012年7月22日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
信田敏宏「問題提起:グローバル支援とは何か?」
加藤剛「人類史からグローバル支援を考える」
鈴木紀「グローバルな互恵性と人類学的支援」
メンバー全員「ディスカッション」
2012年12月16日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
秋保さやか「開発とクメール農民の『革命の時』――NGO-農民関係の変容に着目して」
信田敏宏「<パブリックスケープ>という視座」
メンバー全員「ディスカッション」
2013年3月2日(日)13:00~18:15(国立民族学博物館 大演習室)
《共同研究『実践と感情―開発人類学の新展開』(代表:関根久雄)と合同開催》
藤掛洋子「連帯から分裂へパラグアイ農村部における国際協力活動より(1993-2013)」
質疑応答
上田直子「援助とソーシャル・キャピタル:中米シャーガス病対策でのサシガメをめぐるセンチメント」
質疑応答
研究成果

研究が本格化した本年度は、メンバーおよび特別講師による研究発表に加えて、メンバー間で共有すべき諸概念(「グローバル支援」「パブリックスケープ」等)について集中的に討議した。NGO活動が世界各地で展開している時代背景を意味する「グローバル支援」については、グローバルに展開する支援活動という字義通りの意味に留まらず、普遍的でグローバルに受け入れられている価値(人権、環境保全、貧困、疾病、教育、災害、民主主義など)に基づいた支援活動という意味づけも共通認識となりつつある。また、試みの段階にある「パブリックスケープ」については、さしあたり、公式/非公式のアクターが介在し、人びとの関係性が変化し新たな形で活性化しているフィールドの状況と定義し、さらなる検討を加えることになっている。メンバーの間に共有すべき概念や認識等が浸透し、次年度以降のさらなる理論的精緻化に向けて準備が整ったことで、本共同研究は第一段階をクリアし、次の段階に進んだと言える。

2011年度

平成23年度は、合計3回の研究会を実施する計画である。本共同研究会のメンバーの一部は、11月5日に開催予定の国際シンポジウム(機関研究プロジェクト「支援の人類学」主催)に参加する予定であり、そして、本共同研究が採択された場合には、国際シンポジウムの翌日(11月6日)には、代表者の信田が本研究の趣旨を説明し、共同研究員全員で研究内容について議論するため、第1回の研究会を実施する予定である。また、来年の1月28日に開催予定の第2回の研究会では、特別講師等も招聘して、「NGOと人類学」をテーマとする一般公開の研究ワークショップを実施する計画を立てている。3月10日には、共同研究員全員の研究計画を確認する総合討議を含めた第3回の研究会を実施する予定である。

【館内研究員】 宇田川妙子、白川千尋、鈴木紀
【館外研究員】 綾部真雄、小河久志、加藤剛、清水展、杉田映理、内藤直樹、中川理、福武慎太郎、藤掛洋子、増田和也、三浦敦、渡邊登
研究会
2011年12月18日(日)13:30~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
信田敏宏「共同研究会の趣旨説明」
メンバー全員「今後の研究計画」
2012年3月9日(金)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
小河久志「NGOの支援活動と社会変化:タイ南部インド洋津波被災地の事例」
メンバー全員 ディスカッション
研究成果

本年度は、合計2回の研究会を実施した。第1回の研究会では、代表の信田が共同研究会の趣旨を説明する発表を行なった。その後、メンバーの自己紹介を兼ね、今後の研究計画を話し合った。メンバーの加藤より本研究の中心的な概念である「グローバル支援」について問題提起がなされた。「グローバル支援」の概念については、人類史のコンテクストに位置づけながら議論していくことが確認された。第2回の研究会では、メンバーの小河による発表「NGOの支援活動と社会変化:タイ南部インド洋津波被災地の事例」があり、その後のディスカッションでは、タイ国のNGO事情、津波災害における緊急支援のあり方、宗教と支援の関係についてディスカッションが行なわれた。
また、本共同研究に関連する機関研究プロジェクト「支援の人類学」の国際シンポジウムが2011年11月5日に国立民族学博物館第4セミナー室で実施された。このシンポジウムでは、マレーシアからの招待者に加えて、本共同研究のメンバーが発表者、司会、コメンテーター、オブザーバーとして参加した。東南アジア(マレーシア、タイ)におけるNGO活動を実務者と共に議論することができ、共同研究会のスタートとしても、有意義なシンポジウムになった。