国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。
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聖地の政治経済学――ユーラシア地域大国における比較研究

研究期間:2013.10-2017.3 代表者 杉本良男

研究プロジェクト一覧

キーワード

聖地、聖俗論、政治経済学

目的

本研究は、聖地の現代的意義について、その多様性と共通性とを明らかにするための比較研究である。その際、聖性の定義に関しては基本的に社会学的・社会人類学的視点に立ち、比較の対象をインド、中国、ロシアに限定し、当該地域における聖地の現代的意義とその歴史的背景について比較検討しようとするものである。西欧近代世界において、宗教伝統は再定義され、それが自己意識化、実体化され、輓近のポスト・モダン状況のもとでさらに再々定義され、イデオロギーとして固定化、原理主義化される事態となっている。こうした現代的状況のなかで聖地は、実体化・イデオロギー化された「伝統宗教」の金城湯池であり、また遺産化・商品化された「消費宗教」の花園である。本研究では、いわゆるユーラシア地域大国、ロシア、中国、インド、における聖地の政治経済学的研究を通じて、宗教の現代的意義を問い直すとともに、西欧主導の聖俗論、宗教論を根本的に再考することが主要な目的である。

研究成果

本研究は、3年半にわたり都合12回の研究会を開催した。報告した共同研究員、特別講師は、いずれも豊かな現地調査経験をもっており、また宗教研究につきまとう観想的な視座を超えた実証的な研究を行うに相応しい研究者が集まっていたことが、比較研究への展開を比較的容易にした要因だったと考えられる。研究会はとくに若手研究者の積極的な参加があって、組織者の予想を超えた成果を上げることができた。各位にあつくお礼申し上げる。
本研究の初年度、第2年度は主に各地域における聖地をめぐる共同研究員による事例報告が中心であった。第3年度は視野の拡大を目論み、東北大学、宮城学院大学との研究交流を目的とした公開研究会を開催し、また、ロシア、インドなどの調査経験豊かな講師を招聘して、さまざまな事例の紹介と討論を行った。最終年度は、執筆予定者による内容の紹介と、問題点の洗い出し、さらには、地域研究から比較研究への展開、基本概念の再検討などを行った。その結果、とくに「ユーラシア地域大国」という概念の有効性が確認され、また宗教、聖・聖性の現代的意義をめぐる研究における「聖地」という研究対象がはらむ問題の豊かさ、深さをあらためて認識した。
本研究の出発点は、北海道大学スラブ研究センターの新学術領域研究「ユーラシア地域大国の比較研究」(2008-13年)の研究成果であり、その派生的発展型として構想された。対象地域を、ロシア、中国、インドの「ユーラシア地域大国」に限定し、基本的に社会的視点に立つことによって、西欧的聖・聖性概念を根本的に問い直し、宗教研究が畢竟西欧キリスト教世界を唯一無二のモデルとして展開されてきたことに対する根本的な批判を目的としていた。3年半のプロジェクトを通じて、硬軟取り混ぜながらも、一応「社会主義体制」を経験したこれら3地域における宗教・聖概念や、グローバル経済化による聖地化・観光化について、歴史性・地域性、社会性・政治性が色濃く反映されており、それが各地域の独自性を演出するとともに、これら3地域に通底する共通の問題をも浮かび上がらせる要因になっていることが理解された。それは、これらの地域における宗教事情が、良くも悪くも、西欧キリスト教世界、資本主義体制を過度に意識することからくる屈折した情況が生み出されているからであった。
この意味で、「ユーラシア地域大国」概念そのものが持つ西欧批判としての学術的意義と、大きな物語を過剰に意識した対抗概念であることからくる内在的な限界をともに指摘することができる。それはいずれも、聖地に限定されない幅広い西欧世界批判の視座を提供するものであるというのがわれわれの共同研究の到達点である。

2016年度

本年度は共同研究の最終年度にあたり、基本的に成果出版に向けての、予定原稿の概要の発表とコメントをつうじて、相互の認識を調整するための研究会を3回開催する。

【館内研究員】 河合洋尚、韓敏、松尾瑞穂
【館外研究員】 川口幸大、後藤正憲、小林宏至、桜間瑛、高橋沙奈美、前島訓子、望月哲男
研究会
2016年6月26日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
櫻間暎(東京大学)「創られるロシアのイスラーム聖地―ボルガル遺跡の復興とタタルスタン共和国」
杉本良男(国立民族学博物館)「廃墟の聖地化拾遺」
井田克征(金沢大学)「インドのジーワサマーディ」
全員「これまでの総括と来年度の出版計画について」
2017年2月18日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
松尾瑞穂(国立民族学博物館)「ヒンドゥー聖地の資源――祖先祭祀の隆盛と在地社会の変容」
前島訓子(名古屋大学)「インド『仏教聖地』のヒンドゥー社会」
後藤正憲(北海道大学)「聖なるものはどこにある ?」
杉本良男(国立民族学博物館)「総括――聖なるものの行方」
全員「討論――聖地の政治経済学」
研究成果

本年度は共同研究の最終年度にあたり、研究成果のとりまとめに向けて都合3回の研究会を実施した。また、本共同研究に関連して、おもに今後の研究の進展を目指した共同研究プロジェクト「ユーラシア地域大国における聖地の比較研究」においても2017年1月に研究会を、3月には北大プロジェクトの総括の小シンポジウムをいずれも北海道大学で開催した。本年度の各研究会は、成果のとりまとめを目途として、とくにユーラシア地域大国(ロシア、中国、インド)における各地域の事例研究から相互の比較に向けた展開の可能性と、各地域を横断した「場所と空間」、「語りと現実」、「地域と国家」などの基本概念の整理とを意識して、全体のとりまとめに向けた議論が行われた。その結果、硬軟取り混ぜながらも「社会主義体制」を経験した各地域における、宗教、聖・聖性などの基本概念そのものの歴史性、地域性や、グローバル経済化の影響による聖地化、観光化などの実相とそこに惹起される様ざまな問題点が浮かび上がった。

2015年度

本年度は、昨年度に引き続き、インド、ロシア、中国に関する事例研究を各一回と、聖地の場所性と空間性をめぐる横断的な理論的研究の会の一回、計四回研究会を開催する予定である。インド、中国、ロシアにおける各事例研究に関しては、それぞれメンバー外の専門研究者を招き、比較事例を充実させるとともに理論的な進展も図る。また、「聖地」概念に関する理論研究においても、メンバー外の専門研究者を招聘する予定である。これにより、初年度に主に構成メンバーによって定めた研究の方向性をいっそう明確にして、最終年度の成果とりまとめの議論につなげる予定である。

【館内研究員】 河合洋尚、韓敏、松尾瑞穂
【館外研究員】 川口幸大、後藤正憲、小林宏至、桜間瑛、高橋沙奈美、前島訓子、望月哲男
研究会
2015年4月11日(土)14:00~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
杉本良男「廃墟の聖地化――南インド・タミルナードゥにおける宗教空間の再編」
全員「中間考察――聖/聖性・場所/空間・巡礼/観光」
全員 今後の研究計画について
2015年6月13日(土)13:00~18:30(東北大学川内南キャンパス文学部棟大会議室(文学部棟2階))
川口幸大(東北大学)「中華民族の聖地と我々の聖地―黄帝・炎帝陵から村開祖の墓まで」
柳沢究(名城大学)「ヴァーラーナシー(インド)における融合寺院に関する研究」(仮)
八木祐子(宮城学院女子大学)コメント1(聖地ヴァーラーナシーについて)
高倉浩樹(東北大学)コメント2(総括的コメント)
全員「討論」
2015年11月29日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
井上岳彦「「仏教リバイバル」について考える:ポスト社会主義カルムィキアの事象から」
井田克征「聖地と物語:現代インドにおけるマハーヌバーヴ派の事例から」
全員「来年度の活動計画について」
2016年2月29日(日)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
全員「これまでの研究の総括と、成果刊行にむけた今後の研究計画について」
研究成果

本年度は都合4回の研究会を実施した。第1回(4月)は、杉本の報告と、全員による中間考察として、これまでの報告と討論のなかで、整理しておくべき必要性があると指摘された基本概念について議論を行った。第2回(6月)は宮城学院女子大学キリスト教文化研究所「多民族社会における宗教と文化」研究グル-プ(代表・八木祐子教授)との共催による公開の研究会として実施した。同仙台の東北大学大学院生をふくめ25名ほどの参加者があり、公開、交流の実が上がったものと考えている。第3回(11月)は井上、井田両氏をを招いて、ロシアの仏教リバイバル、および現代インドの聖地についての報告と討論を実施した。第4回(2月)は悪天候により北大関係者が来られなかったため、当初の予定を変更し、残りの参加者全員により成果刊行にむけた総括と計画について議論した。本年度は、基本概念を整理して研究員相互の共通理解を深めるとともに、積極的にメンバー以外の若手研究者を招いて報告と討論を実施し、いっそう研究の幅を広げることができた。次年度は最終年度に当たるので、おもに成果公開に向けたそれぞれの経過報告と全体のとりまとめを行う予定である。

2014年度

本年度は、昨年度に引き続き、インド、ロシア、中国における事例研究を各一回と、俗人の神聖化、故地の聖地化のプロセスとその帰結についての横断的な事例報告を一回、計三回研究会を開催する予定である。インドに関しては、中部マハーラーシュトラ州における女神信仰と、世界遺産ボードガヤーの聖地化の過程と変容についての報告を予定している。中国に関しては、毛沢東信仰、および中国南部における聖地についての報告、ロシアに関しては、聖地研究の理論的検討、およびヴォルガ中流域の信仰形態についての報告を予定している。なお、ロシア関連の研究会は広くロシア研究者に公開したいと考えている。さらに、三地域を横断するかたちで、ガンディー、トルストイ、毛沢東など俗人の神聖化とそれに伴う故地の聖地化について、政治経済学的背景とその帰結について考察する。

【館内研究員】 河合洋尚、韓敏、松尾瑞穂
【館外研究員】 川口幸大、後藤正憲、小林宏至、桜間瑛、高橋沙奈美、前島訓子、望月哲男
研究会
2014年6月14日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
高橋沙奈美「奇跡の起こる場所:ロシアにおける聖人崇拝の伝統とその現代的諸相に関する予備的考察」
後藤正憲「ものから場所へ:ロシア・チュヴァシの在来信仰をめぐる政治学」
今後の研究計画について
2014年10月4日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
松尾瑞穂「インド・ヒンドゥー聖地の「宗教産業」と在地社会に関する予備的考察」
前島訓子「インドにおける「仏教聖地」構築の諸相」
今後の研究計画について
2015年1月31日(土)14:00~19:00(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター)
望月哲男「ロシア文化聖地のタイポロジーの試み」
韓敏「近代中国の聖地作り――指導者ゆかりの場所を事例に」
今後の研究計画について
研究成果

本年度は、ロシア、インド、中国それぞれの事例を取り上げた研究会を3回開催した。それぞれの事例報告と考察によって、さまざまな基礎概念について整理が必要であることが明確になった。本研究会では、西欧近代的な「宗教」、「聖俗」などの諸概念をいったん棚上げしつつ、各地域のそれぞれの文脈における事例の比較検討を行なってきた。その結果、鍵概念である「聖地」あるいはその前提となる「聖」あるいは「聖俗」概念の歴史性、イデオロギー性がむしろ浮かび上がる結果となった。とくに、卓越した人物の崇拝およびその故地の「聖地」化についてのいくつかの事例報告から、俗人、聖人といった二分法そのもののイデオロギー性が明らかになった。また、「聖地」はいずれも場所、空間に関わる概念であるが、理論的に場所論、空間論などの再吟味が必要であることが、やはり基本的な方法論の問題として確認された。また、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターにおける公開の外部開催によって、いっそう幅広い研究交流の可能性が開かれたことも大きな成果であった。来年度以降は、研究の幅を広げるとともに、基本概念の整理を行い、最終年度のとりまとめに備える計画である。

2013年度

平成25年度(1年目)は、2回の研究会を開催する予定である。1回目は、研究代表者が全体の方向性を提示し、その後の全体討論を踏まえて当面の基本方針を定める。2回目は構築論的研究とユーラシア地域大国比較研究の方法論について報告と討論を行う。

【館内研究員】 韓敏、河合洋尚
【館外研究員】 望月哲男、後藤正憲、高橋沙奈美、川口幸大、小林宏至、松尾瑞穂、前島訓子、桜間瑛
研究会
2013年12月7日(土)14:00~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
杉本良男「ユーラシア地域大国における聖地の研究にむけて」
全員「今後の研究計画について」
2014年3月8日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
河合洋尚「客家『聖地』のポリティクス―同時代世界における華人ネットワークと宗教景観の創造」
小林宏至「客家の物語へ接合するための『聖地』寧化石壁」
総合討論「客家の『聖地』をめぐる政治経済学」
研究成果

本年度は2回の研究会を実施した。第1回目は代表者の杉本が、共同研究全体の趣旨および方向性について述べたのち、自身の南インド、タミルナードゥ州におけるインド津波災害復興過程に関する調査研究についての報告を行った。とくに、被害の大きかった海岸部には重要なキリスト教聖地があり、復興過程で、ヒンドゥー・ナショナリズムの影響を受けて、複雑な展開を見せたことが示された。さらに、神智協会の創設者マダム・ブラヴァツキーにおける「聖地」としてのチベットの象徴的意義について、イデオロギー批判の視座からの検討の可能性が示唆された。2回目は中国客家社会における「聖地」の社会政治的意義について、中国外の華人ネットワークと中国内部における事例報告があり、「聖地」の政治経済学的研究の視座にまで踏み込んだ議論が行われた。今後、「聖地」概念そのものの歴史性、イデオロギー性について一層の検討が必要であることが確認された。